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セルゲイ・ヴォロノフ:「今シーズン、僕は高レベルで戦い競う力を十二分に持っていることを証明したい」


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テストスケートを終えて、セリョージャのインタビューが来ました。上はテストスケートの際の写真ですが、去年と同じセーターですね。どうもこれは彼の勝負服のようで、「ここぞ」という時に着ている感じがします。

テストスケートで披露されたFS。「エクソジェネシス第3章」

振り付けはモロゾフです。とにかく私は気に入りました!何度でもリピしていたい気分にさせてくれます。この憂愁、というか哀愁漂う表現はベテランならではのものではないでしょうか。彼も手応えを感じているようで、インタビューにもそれが現れています。

では、インタビューです。これと、下のシモネンコさんのテストスケートの論評のロシア語訳には、ロシア語者の友人にチェックをお願いしました。いつもながら本当にありがとうございますm(_ _)m

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<セルゲイ・ヴォロノフ:今シーズン、僕は高レベルの大会において戦いぬく力を十二分に持っていることを証明したい>

ロシアのフィギュアスケーター、セルゲイ・ヴォロノフは、Sports.ruの アリーナ・ロマノーソワのインタビューを受け、今シーズンの新しいプログラムと、シーズンに向けての目標と新しいコーチとの練習について語った。


R:今シーズンのプログラムを作り上げた過程について教えてもらえますか?


V:プログラムの振り付けはニコライ・モロゾフがしました。彼が僕の振り付けをすることに同意してくれたとき、僕にはほかの選択肢はありませんでしたよ。彼との共同作業は常に興味深く、うまくいったことを嬉しく思っています。
プログラムの作成はノヴォゴルスクで行いました。家の近所の、いわば“お隣”ですね。
僕はフリープログラムにとても満足しています。
音楽は、ミューズのエクソジェネシス第3章で、今までに滑っていないスケーターはいない(ほどポピュラーな)ものなのですけれども、 僕は奮い立たされたのです。
これこそが僕のために選ばれた曲だ、僕は一度だけでもこれを滑らねばならない、とね。


R:今シーズンからあなたは、インナ・ゴンチャレンコのもとに移りましたよね。この指導者とともに活動してゆくことのあなたの印象を教えてください。


V:新しいもの全ては、忘れられた古いよいものの中にあります。(訳注:Все новое – это хорошо забытое старое.マリー・アントワネットのデザイナーであったベルタンの有名なフレーズ)
僕はひとつのことを学びました。どのコーチのもとでも、たくさんの練習を積まねばならない、ということです。そしてそれはインナ・ゲルマーノヴナ(ゴンチャレンココーチのことを親しみと尊敬を込めた呼び方)においても例外ではありません。
練習のプランやトレーニングのプロセスが変わろうとも、それらの根本は変わることはありません。同じくらいの練習量で、同じような練習の日々です。
しかし、僕が言いたいのは、すべてのコーチには皆それぞれの個性がある、ということです。
インナ・ゲルマーノヴナは、特に個性的ですね-これは強調しておきます。



R:現在、成功しているシングルスケーター数人と一緒に練習していることについてどう考えていますか?


V:当然のことですが、気を抜いてはいられません。僕はマキシム・コフトゥンがこのグループに移ってきたことを喜んでいます。良きスパーリングパートナーがいる場合、彼を見つめることで自分が何かを得ることもできます。
僕たちは互いにはっぱをかけ合っているのです。それについて僕はマックスに感謝していますよ。



R:あなたは長いこと現役生活を送ってきていますね。やめてしまいたい、と思ったことはありますか?どのようにしてそれを克服しているのですか?


V:もちろんあります。スポーツにおいても、日常生活と同じように、諦めたい気分になってしまうことがあるものです。
陳腐な言い方になりますが、自分のしていることを愛さなければ。朝起きて、「僕はこれなしではいられないのだ」 と自分に言い聞かせそれを理解しなければなりません。
フィギュアスケート無しの自分の人生を想像することはできない、とは言いません。
けれども、僕はまだ現時点ではキャリアに終止符を打っていません。もっと正確に言えば、ここになくてはならないのは感嘆符なのです!


R:あなたの今シーズンの重要なモチベーションはなんですか?


V:まず今、僕は小刻みな足取りではありますが前進しています。エレメントを積み重ねて、一日一日ね。
大きな目標を持ってはいますが、それについては話したくはありません。そこに到達した時にこそ、それについて議論することができるでしょう。
具体的には、僕はこのシーズンにおいて、高レベルでの戦いにおいて競い勝ち抜く力を十二分に持っている、ということを証明したいのです。


R:あなたには多くの、成功した聡明な指導者がいました。それぞれの指導者から学んだ一番重要なことはなんなのでしょうか?


V:はい、それは本当のことです。
僕は優れたコーチたちのもとにいました。彼ら全員にとても感謝しています。特に、彼らの知識を共有することができたことに。
しかし、重要なのは僕がそれを理解したのはほんの数年前のことだったということです。
スポーツにおいては奇跡は起こりえませんし、勝つために助けてくれる魔法の杖もありません。努力、練習あるのみです。
自分がしていることに全身全霊を捧げること。それが、僕の鉄則です。


と、ヴォロノフは言った。


========ロシア語本文========

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さて、長くなりましたが、もう少々お付き合いください。先日、アンドレイ・シモネンコさんのテストスケートのレポートが上がっていました。

シモネンコさんのテストスケートレポート

テストスケートに参加した選手たちの論評が述べられていますが、とりあえずはセリョージャの部分のみ。

・セルゲイ・ヴォロノフ
フィギュアスケートの世界は大きく変化しているが、セルゲイ・ヴォロノフの演技スタイルは変わっていない。
プログラムは確固たる、本物の男性の演技である。しかし、そのスタイルは10-20年前のものだ。それにもかかわらず、ヴォロノフはクワドを跳んでいる(ソチでは2フットで着氷した)。
この春からゴンチャレンコのところでスタートを切ったセルゲイはやれる、つまり、ロシア選手権のメダル候補に残ることが可能である。
しかし、彼が更に高いコンポーネントの点数を得ることは困難であろう。



うーん、シモネンコさん、相変わらずシビアだなぁー。でも確かにセリョージャのスケーティングスタイルが古いタイプのものである、というのには私も同意です。エフゲニー・ルカヴィツィンコーチも、彼のグループの振付師であるワレンチン・モロトフさん(ジーマの「仮面の男」、アリサの「雨に唄えば」を振りつけた方)もインタビューでそう言っておられました。確かにジーマは古いスタイルの良さを残しながらも、新採点に適応したきっちりと点の取れるプログラムを作ってきていますよね。
しかし、この論評を読んで、上目遣いにニヤリっと笑って
「古い奴だとお思いでしょうが・・・・・・」
と言うセリョージャが浮かんでしまったのは内緒です(笑)

そして、セリョージャの初戦はオンドレイ・ネペラ・メモリアルに決定しました。いつも出ているネーベルホルン杯やフィンランディア杯は、JPSが第1戦のアメリカ大会である、ということで回避したのでしょうね。
頑張って欲しいものです。

さあ、あと心配なのは衣装だけだ!(笑)




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セルゲイ・ヴォロノフ:僕はそう悪くないパパになれると思うんですよ (インタビューⅢ)

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(2014年NHK杯より)

スポルト・エクスプレスのセリョージャのロングインタ、いよいよこれが最後となります。

1)セルゲイ・ヴォロノフ:自らの立ち位置は己の努力で手に入れる
2)セルゲイ・ヴォロノフ:僕は以前からずっと、“もう終わったスケーター”と言われてきた 

インタビュアーは、エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ女史です。こうして読んでくると、女史は多分わざとなんでしょうけど、結構キツイ、というか意地悪な質問をしてるなー、とも思います。ただしかし、そのおかげで彼の本音めいたものが垣間見えて、とても興味深いインタビューとなっています。

今回もまたロシア語者の友人にチェックをお願いしました。いつも本当にありがとうございます。m(_ _)m


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<セルゲイ・ヴォロノフ:僕はそう悪くないパパになれると思うんですよ>


E:私は、ゴンチャレンコは練習量や態度においてとても厳しいコーチだと知っています。


S:厳しいのは確かに本当です。そして強い意志と強烈な性格も併せ持っています。これは、僕にとってはむしろチャンスだと感じています。恐れてはいません。我々は相当量の練習をこなします、陸上競技場のトラックで、そしてホールで。特にダンスレッスンはとても素晴らしいものです。言い換えればとても良い練習が出来ていると言えます。引き締まったとか、絞れたとかなどとお世辞を言われ始めるようにさえなりましたよ。
けれど僕は既にトゥトベリーゼのところで、僕の場合は練習こそが結果につながる、それ以外の何ものでもない、ということが身にしみていますからね。
若いうちは、エネルギーや才能を何かで埋め合わせることができます。しかし、年齢とともにその働きは止まります。ですから僕は今は、僕自身の身体を機械のように扱っていますよ。朝起きたら、エンジンをスタートし、暖気運転をしてから燃料を入れ、そして活動し始めるんです。

そして、練習は僕に爽快感と喜びを与えてくれます。15-16歳のアスリート達とともに滑っている時、僕も同じように若く、エネルギーに満ち溢れているような気分になります。自分の可能性に限界を感じることはありません。
毎日何か新しいことを知るとは言いません。けれど僕は、同じ世代の人たちが興味を持たないことに対しても興味を持ち始めています。
だけど時々、僕は自身の家庭をもったら、そう悪くないパパになれるんじゃないかと思うんですよ。ゴムでブレスレットを編んだり、コンピューターゲームについて説明したりできるしね。


E:あなたはコーチのメインの生徒であるエレーナ・ラジオノワからの嫉妬の感情を感じませんか?


S:おそらくないと思います。僕のこのグループへの移籍に関して、レーナがどんな反応をするか、ゴンチャレンコに聞いてみたんですが、それに関しては何も問題はないという答えを受け取りました。僕にとっては誰がそばで滑っていて、僕についてどう考えているかなんて、どうでもいいことなんです。
僕は、自分の立ち位置は、自らの努力でもって手に入れます。


E:あなたは既に次のシーズンの目標を設定していますか?プログラムではどういうことを表現したいと思っていますか?


S:詳しいことを述べるにはまだ早いかと思います。僕は、「自らをさらに向上させる」為には、練習や規律で、さらに強く自分を律しなければならないことを十分にわかっています。そしてその覚悟も出来ています。
残念ながら、チーム・チャレンジ・カップにおいて僕は、パフォーマンスに違いを見せるためには余りにも時間が短かったです。しかしすでに、セルゲイ・ベルビオとともに、スケーティングにおける多くの取り組みを始めています。
僕は今までこんなに「マケット」(訳注)を滑ったことはありませんでした。大雑把に言えば、僕はスケーティングの基礎を一から再び学んでいるのです。


E:まさか、前のグループで、あなたは「マケット」のプログラムを滑らなかったのですか?


S:我々はプログラムを滑る時、全てのジャンプを入れていました。それは異なるものです。
「マケット」―それは滑る事であって、ジャンプはありません。ですから、完全に異なる"滑り"です。
初めてそれをした時、僕は本当に、3回続けて通しでフリープログラムを滑ったような気分になりました。―本当に全身汗だくになりましたよ。
以前は、僕はスピンにはあまり注意を払っていませんでした。今は分かります。それぞれの要素は貯金でプラスか、マイナスだと。ですから、我々は多くの注意をスピンに払います。そのレベルと、レベルの正しさに関して。
僕がフィギュアスケートを始めた当時、とても残念なことに、「シコーラ」(訳注)で滑ることは全く受け入れられていませんでした。これは多大なる損失です。
しかし、どちらにしても、スケーターにとって重要なことはスケート靴で立つことです。ジャンプをする才能があるのなら、ジャンプを跳ぶでしょう。しかし、スケート靴でただしく立つためには自分で技術を習得しなくてはなりません。


E:誰があなたの新しいプログラムを作るのですか?


S:少なくとも1つはニコライ・モロゾフです。


E:予想外でした。


S:2013年に僕がモロゾフグループを離れたのは知っていると思いますが、その際、コーチに別れを告げに行った時に彼は言ったのです。
「セリョーガ(セルゲイの愛称)、人生は長い。君が今こうして私から離れていくことを決めたからといって、今までの私たちの関係を台無しにしてしまうのは馬鹿げている」
僕は、彼がいかに正しかったかがわかっています。今もって、僕はいつでもニコライに電話をして、どんな疑問についても彼と話し合うことができますよ。彼は、僕自身にスケートや音楽への理解、といったたくさんのものを与えてくれたと思っています。
ですから、僕は彼と共に競技活動をする機会ができたことに感謝しています、振付師と選手としてね。


E:男子フィギュアスケートで起こっているすべてのことにおけるあなたの評価はどういったものですか?


S:もちろん僕は盲目ではありません。そして、目隠しをつけられた馬車馬でもありません。ですから、僕は技術がどれだけ早い進歩を遂げているか、ライバルたちがいかに複雑化かつ高難度化しているかよくわかっています。しかし、僕はもっぱら自分自身のことのみに集中していました。
ところで、僕はガブリエラ・パパダキスとギョーム・シゼロンがジュニアからシニアに上がってきた時のことをよく覚えています。
彼らは上位選手たちのことはほとんど知らず、そして知ろうという努力もしませんでした。が、しかし、それは本当に素晴らしかった。
この上ない自分たちへの集中力でどんな結果が出たかというと、稀有な成績でした。


E:確かに。目標となるべき大会が絶えず行われている時、シングルスケーター自身においては、完全に自分自身に集中することは容易ではないですね、絶えず本数と種類の増加する4回転ジャンプ、継続して記録的な点数の出続ける成績・・・。


S:同感です。僕は北京で行われたグランプリシリーズ中国大会で、出場者の中で最も強かった中国人男子のボーヤン・ジンのクワドルッツに、非常に強い感銘を受けました。正確に言えば、ルッツジャンプそれ自体ではなく、こういった天賦の才能が有るために、彼はこれらすべてのジャンプを跳ぶことができるのだ、という事実にです。
しかし、だからなんだというのです?ロッカールームの椅子に腰掛け、肩に手を回して自分がそれをできないことに悲嘆に暮れろとでも?


E:ただ1つの問題は、あなた自身の中にある、技術を進歩させる才能がどれだけの大きさのものであるか、ということだと思います。あなたはこれについてどう感じていますか?


S:とても残念に思っているのは、オリンピックの年の終わりに、4回転ループを習得しなかったことです。僕はそのつもりでいました。しかし、僕の努力にも関わらず、グループ内では誰ひとりサポートしてくれず、「ノー」という答えが返ってきました。
僕はこのことについては既にゴンチャレンコと話をしました。そして我々ははっきりと二種類目のクワドを習得することに挑戦することは意義あることだ、という意見の一致を見ました。
僕にとってそれはとてもワクワクすることで、どっちがどうすごいのかなんて言えませんよ。19歳でクワドルッツを跳んでのけるボーヤン・ジンか、28歳にして新しいジャンプを習得するスケーターか。
今の僕にとって一番大事なことは、本当に競技をしたい、ということなのです。リンクに行きたい、そして演技を見てもらいたいのです。
そして比較するのはリンクサイドに座る9人(のジャッジ)です。

(了)

=====ロシア語本文=====


(訳注)これらは言葉通りの意味でなく、ロシアにおけるスケート用語のようなので、あえてそのままカナ書きをしました。
「マケット」ジャンプ抜きでステップ、スピンを入れてプログラムの確認をすること
「シコーラ」コンパルソリー
のことだと思われます。

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とにかく言いたいことはたくさんありますが・・・・・いやー、ベテラン、燃えてますね!
環境が変わり、いろいろ大変なことも多いでしょうが、頑張ってもらいたいものです。





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セルゲイ・ヴォロノフ:僕は以前からずっと、“もう終わったスケーター”と言われてきた (インタビューⅡ)


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スポルト・エクスプレスのセリョージャのインタビュー、続きです。
いろいろバタバタしていて、アップするのが遅くなってしまいました。お待ち下さってた方(いるのか?)すみません。

1)はこちら⇒セルゲイ・ヴォロノフ:自らの立ち位置は己の努力で手に入れる

インタビュアーは、エレーナ・ヴァイツェホフスカヤ女史です。

今回もまたロシア語者の友人にチェックをお願いしました。いつも本当にありがとうございます。m(_ _)m

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<セルゲイ・ヴォロノフ:僕は以前からずっと、“もう終わったスケーター”と言われてきた>


E:フィギュアスケーターがコーチを変更する際には、決まったパターンがありますね?
まずスケーターは新しいコーチを見つけて契約し、そして元のコーチに知らせます。あなたの場合には、これと正反対なことが起こったのですね?


S:はい、そうです。しかし、これが初めてではありません。
2013年に、僕はニコライ・モロゾフのところから脱退しました。そしてそれから1ヶ月というもの、自分がどうなってしまうのか想像すらつきませんでした。これは本当に嫌な状況です。僕はまさにこの時、全てが曖昧模糊として何もわからない状態よりも、どんなに難問でもいいから解決すべき問いがはっきりした状況のほうがましである、と理解しました。
今回の場合、考えることは1つだけでした。越えるべき橋が全て焼け落ちてしまっていて、ゆくべきところに行けない、ということです。


E:そしてゴンチャレンコのところへ行ったのですか?


S:はい。けれども僕は、彼女とは大会で少し言葉を交わすくらいで、ほとんど面識はありませんでした。僕には、インナ・ゲルマーノヴナはとても真っ直ぐな人間であるかのように見受けられました。それは僕についても言えることです。
おそらく、これが僕と彼女にすぐに共通言語が見つかった所以だと思います。
しかし、たった1年前には、僕はトゥトベリーゼこそが僕の生涯のコーチであり、他には絶対にありえないと固く信じていたことを告白しておかねばなりません。

しかし、人生は驚かすことを止めません。-「日常生活」の面でさえも。選手生活のの晩年に僕が女性たちとともにトレーニングを行い、トレーニングの合間にシャワーを浴びて休息を取る、そんな可能性があるなんて、誰が考えることができたでしょう?
僕は、単純ないくつかのことを学んできました。家を出て、移動手段を見つけるために、ナビゲーターに頼る必要はありません。リンクに到着するまで2時間、それとも2時間半?都市の反対側に抜けるために、中心街を通ってゆくか、環状線を使うか?
ただ唯一慣れなければならなかったのは早起きでした。しかし、これはプラスになりました。なぜなら、僕たちは大会に出場する際、朝早くからの練習が設定されていることが多いからです。


E:あなたが現役を続けてゆくと決心した今、この決断が正しかったと元コーチに早く証明したい、と考えていますか?


S:そうは思いません。僕は、何かを自分自身以外の誰にであろうと証明することは意味がない、と思っています。
僕の頭の中にはタチアナ・アナトーリエヴナ・タラソワ(訳注)の言葉がこだましています。彼女は、僕がロシア選手権(2015-6年)で5位になった時にこういったのです―「キャリアがこのまま終わるわけではないわ」
僕はもちろん彼女と同意見です。この状況が僕を駄目にした、という思いのまま、残りの人生を生きたくはありません。
フィギュアスケートにおいて一番に困難なことは、1人、2人、そして5人、10人に敗れたのが分かってもキス&クライに座ることだと思いますか?
いいえ、違います。
もっとも難しいのは、翌日ベッドから這い出して、自分自身を再びリンクに向かうよう強いることです。ボクシングで言えば、ノックアウトされてもさらに立ち上がり戦いに向かうようなものです。
それに比べれば、スポーツにおいて、辞める、という決断をすることはいともたやすいことです。


E:率直に答えてください。引退したと仮定して、やりたいことはなんですか?


S:頭に浮かぶ中で最も月並みなことは(ショースケーターなどとして)働き、お金を稼ぐことですね。


E:それはよい収入になりますか?


S:この先の職業が決まってない期間だということを考えれば、そう悪くないでしょう。ガソリン代をどこから借りるか、は心配せずに済むんじゃないかな。
勉強を続けたい気持ちもあるので、その可能性も否定はしません。


E:別の言い方をすれば、あなたはアスリートとしての引退を恐れているのではないのですか?


S:その恐怖は、誰もが持っています。それに関して、何も言わない人でさえも。
スポーツ界では最初は何も考えないことにとても簡単に、そして強烈に慣れてしまいます(注:このスポーツ界とは、競技としてのスポーツ全体を指す)。全てがよく組織され、きっちりとした予定、日程が組まれています。僕にとっては、オーガナイゼーションに関することで問題になったことはありませんが。
反対に休暇の計画を自分自身でたてることは気に入っています。旅程を考え、チケットを探したり、宿泊について話し合ったりすることです。
概して僕は、引退後の人生において迷うような視野の狭い人間だとは自分では思っていません。どんな状況であろうと、そう信じています。

フィギュアスケートにおいて、僕は多分、全てを出し切っていない可能性がある、と思っています。そして僕は、このスポーツにおいてまだまだ何かを成し遂げることができる、と信じています。
それならばなぜ再び挑戦しないのか?僕の28歳という年齢に何のリスクがありますか?
僕はむしろ、しなかったことについて嘆くより、やったことについてを後悔する方がいいと思いたいです。
少なくとも僕は、自分がその時できることの全てをやり尽くした、とわかっていたならば、キス&クライに座ってもなんら恥じることはありません。あらゆるアスリートはこのような場合、心の中で本当に良い気分になるものです。

インナ・ゲルマーノヴナが僕と一緒に活動してゆくことを了承してくれた時、僕は彼女がこれに意義を感じているのかどうかを直接尋ねました。そして僕はこれから氷上で何らかの新しいものを見つけることができるのでしょうかと。
彼女は同意して答えてくれました。最初の練習の後にすらこう言いました。
「セリョーガ(訳注)、あなたはずっとカッコいいスケーター、と言われてきたわ。しかし、我々の力でそれをさらにより良いものにしていきましょう。」


E:しかしもし、(ゴンチャレンコの)回答が正反対だったことがわかった場合は?あなたはそれを聞く準備が出来ていましたか?


S:僕は既に多くの人々から、「あいつはもう終わってる」といわれてきました。
それでも僕はいまだに現役を続けています。
これらの主張に対して僕のとる態度はシンプルなものです。人々は各々の主義主張を持つ権利がありますが、僕は必ずしもその意見に賛成しない場合もある、ということです。

=====ロシア語本文=====

(訳注)ロシアは呼びかけ文化で、呼び名によって人と人との距離・感情が推し量れるので、呼び名は全て原文のままにしてあります。セリョージャがタラソワのことをタチアナ・アナトーリエヴナ・タラソワ、と父称(この場合アナトーリエヴナ)付きで呼んでいるのは、タラソワに対する尊敬の念の表れです。また、ゴンチャレンコに対してインナ・ゲルマーノヴナ、と父称付きで呼んでいるのも同様です。そして、ゴンチャレンコが彼に対して「セリョーガ」と呼んでいるのはこれはセルゲイの愛称で、親しみを込めた呼び方です。セルゲイの愛称には、他にセリョージャ、セリョージェンカ(これはかなり親しい呼びかけ方で、主に女性が用います)などがあります。

(続く)
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えー、一応次回で終了の予定です。なるべく早く上げるともりでいますが、どうかゆるーくお待ちください。

次回は最終章 <僕は、悪くないパパになれると思うんですよ>(仮題)です!
練習環境、これからの展望、現在のフィギュアスケート界について、などです!



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セルゲイ・ヴォロノフ:自らの立ち位置は己の努力で手に入れる


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(2014-5シーズン世界選手権ポスター)

スポルト・エクスプレスに、セリョージャのインタビューが上がっていました。エテリ・トゥトベリーゼ前コーチとの別れや昨シーズンのこと、そして来シーズンに向けて、とかなり長いインタビューとなっています。インタビュアーは、スポルト・エクスプレスのエレーナ・ヴァイツェホフスカヤ女史です。
今回は、シーズンの振り返りとエテリ・トゥトベリーゼコーチとの訣別までです。(後半部分は、ゴンチャレンココーチや、来期の振り付けを頼むことになっている(!)というモロゾフとの関係などです。

・今回も、ロシア語者の友人にチェックをお願いしました。いつもありがとうございますm(_ _)m

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<セルゲイ・ヴォロノフ:自らのリンクでの立ち位置は己の努力で手に入れる>


この春、セルゲイ・ヴォロノフは、たった一年前には「自らの生涯の師」を見つけた、とまでに熱意を持って接していたエテリ・トゥトベリーゼとの師弟関係を、突然解消した。
引退する、ということがむしろ論理的な身の処し方であったかもしれない。
しかし彼はそれをせずに、インナ・ゴンチャレンコのグループに入るという決断をした自らの正しさを疑うことなく、現役生活を送るためにもがき戦い続けている。
2度のナショナルチャンピオンであり、2つの欧州選手権のメダル獲得者である彼は、燃えるような眼をしており、その右腕には簡潔なタトゥーが彫り込まれている。「怖いならやるな、やるなら恐れるな」


E:あなたが2月にサランスクのロシアンカップファイナルに参加した際、全ての動きの積み重ねから、これがあなたの最後の演技になるのではないか、という感覚をぬぐい去るのが非常に難しかったのです。その感覚は、今でもあります。


S:あなたが感じ取った部分に関しては、それは当たっていたと言えるでしょう。
あの出発点から、僕には信じられないほどの困難が課せられていました。僕は、これが自分の現役生活の終わりではないにしろ、前コーチと行動を共にするのは絶対にこれが最後である、とはっきりとわかっていました。そして直後、我々は永遠の訣別を告げたのです。今まで考えてきたことが中断されることはもちろんのこと、その他の一切の感情も加わることはありません。

一方で僕は、とても真剣に競技会に出場し戦う準備をしていました。たとえ一人になってしまおうとも、です。12月に欧州選手権の出場を逃したことは理解していました。今シーズンは、僕にとって不成功なシーズンであったといえるけれど、僕にとってはまだ終わっていません。もっと競技をしたいのです。


E:しかし、それらの大会が少しの特別な意義をも持っていない、ということは問題ではないのですか?


S:僕は、アスリートは競争力を保つために、たとえどんなに平凡で価値のないように思える大会や練習においてもしっかりと行動しなければならないと確信しています。


E:あなたが、すべてがうまくいっていない、そしてそれを修正することもできない、と感じ始めたのはシーズンのいつごろのことですか?


S:僕が思うに、最初のミスはプログラム作成のためにカナダに行かなければならなかったのですが、それがあまりにも遅すぎて―。
僕とジェフリー・バトルは、なかなか練習日程を合わせることができませんでした。最初に彼は、僕とのプログラム作成の準備をしてくれていたのですが、僕たちにはノヴォゴルスクでの合宿が予定されていました。そしてバトルはなかなか時間を取ることができず、僕は彼の日程に合わせざるを得なかったのです。その為に7月中旬という遅い時期になってしまったのです。



E:そしてあなたはプログラムが上手く出来上がっていない、ということを悟ったのですね?


S:僕は、プログラムの出来をうんぬんすることはできません。むしろ、それは「災難は決して1人では来ない」ってやつですよね。
二つのプログラム自体は、興味深く面白いものでしたし、ショートプログラムは失敗作だとは考えたくはありません。
ただフリーの魅力を引き出しきることは僕には不可能だったかもしれません。僕(とバトル)は、あの音楽を生かしきった訳ではなかったのではないかとも僕には感じられます。けれども、僕自身が滑りきれるかとは別に、あのプログラムはとても気に入っていましたし、素晴らしく創造されていました。
しかし、例えば、衣装はどうだったでしょうか?
確かにスマートで、高価で、サイズも合っていたものだったのに、どこか違う。
衣装そのものだけでなく全体的にも何となくしっくりこなくて、まるで牛に馬の鞍を載せているようだったかもしれません。

しかし一方で、その時、僕とコーチの間が、全てうまく回っていたならば、プログラムの作成やその練習も、また違ったものになっていたのではなかろうか、と思わざるを得ません。
当時、僕はエテリ・ゲオルギーエヴナの僕に対する関わりが明らかに変化していたのを感じていましたから、その原因を突き止めようと必死になっていました。
とんな場合でも、諍いや衝突は起こりうるものです。それは常に両方に問題があります。ですから、僕とコーチの間に問題があったにしても、全てを自らの不幸のように考え、相手方を批判したりするのは愚かなことだとわかっています。
ですから、僕は何度も直接尋ねました。

「何かがあったのですか?」
「僕にはもうアスリートとしての魅力がないのですか?」

そして、帰ってきたのはいつも同じ答えでした。

「そのような考え方は、アスリートとして致命的な崩壊よ」


E:もし、双方に強い関係が結ばれ、、ともに競技を続けてゆくのであれば、その言葉は全くの真実を突いていますよね。


S:はい、同感です。しかし、僕は28歳、15歳の少年ではないのです。今まで築きあげてきた信頼関係が違うものになってきている、というのは感じ取れます。だからこそ、自分に何が起こったのか、もしくは自分自身のどこが悪かったのかを理解しようと努めたのです。


E:その理由を解明できましたか?


S:正直言って、NOです。
何を持ってしても思い当たりません。僕たちの間には、金銭的な諍いも不作為も一度としてありはしなかったし、だとしたら一体何が?上海の世界選手権(2015)で、13位に順位を落とした(SP4位)ことでしょうか? ―かもしれません。

それとも、ひょっとして彼女は、最初から僕を若手の良いスパーリングパートナーとしか見ていなくて、僕は適当な時期が来たら不要になる存在であったのかもしれません。
もしもそうだとしたならば、哀しいことですが、僕は自分が愚かであった、と認めねばなりません。なぜなら、最初から完全にコーチを信頼していたからです。
しかし、トゥトベリーゼ(原文ママ、訳注)のもとにいた時期のことを後悔してはいません。実際、僕が今までで最高の成績をあげてみせられたのは彼女のもとで、であったからです。

(続く)

=====ロシア語本文====

(訳注:以前、ロシア語名の呼びかけ方のエントリーで触れたように、ロシアでは名前の呼び方によって相手との距離感をはかります。
ここでセリョージャは、上記のエテリ門下にいた時のことを語っているとき(「エテリ・ゲオルギーエヴナ」と父称をつけて呼んでいます。これは尊敬の意味を表します)とは異なり、「トゥトベリーゼ」と姓のみで呼んでいます。ロシア住まいの方に言わせると、彼の地では、姓の呼び捨て、というのはあまりよくないことで、かなり突き放している、遠い距離感を感じさせる、ということだそうです。この微妙なニュアンスを感じさせるのは呼びかけ文化であるロシア語ならではだと思いますが、エテリに対して 父称呼びから姓呼びに変わったところにセリョージャの心の揺らぎや葛藤が現れていると思います。


+++++++++

上でセリョージャも言っているように、片方の発言のみで物事を判断するのはとても危険なこととは思いますが、ただ、選手に

「僕はあなたにとってアスリートとしての魅力がないのですか」

と問わせる(というか思わせてしまう)コーチ、というのは正直どうなのかな・・・と思いますね・・・・。

とりあえず今回はここまで。次回は中編「僕は以前から“既に終わったスケーター”と言われてきた」(仮題)です!





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セルゲイ・ヴォロノフ、来シーズンの展望を語る


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タス通信から、セリョージャの今シーズンの振り返りと、来季に向けての展望のコメントが出ました。既に訳された方いらっしゃるかもですが、ここに載せてみたいと思います。

・今回も、ロシア語者の友人に訳のチェックをお願いしました。いつもありがとうございます。m(_ _)m

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<セルゲイ・ヴォロノフはインナ・ゴンチャレンコとともに2016-17シーズンの競技活動を続けてゆく>

タス通信記者 ヴェロニカ・ソヴェートワ (5月1日 モスクワ発)

ロシアのフィギュアスケーター、セルゲイ・ヴォロノフは、2016年3月に、当時彼のコーチであったエテリ・トゥトベリーゼのところから、インナ・ゴンチャレンコ(インナ・ゲルマーノヴナ・ゴンチェレンコ、レーナ・ラジオノワのコーチ)のもとに移った。そして新シーズンにおいても彼女との活動を続行する。ヴォロノフ自身がこれについてタス通信記者に語った。

「僕は、インナ・ゲルマーノヴナとの協力のもとに、新しいシーズンに向かうつもりです。彼女が僕のとても苦しい時期に手を差し伸べてくれたことを忘れてはいませんし、とても感謝しています。」

ヴォロノフは言った。

「現在、新しいプログラムについてのアイデアを探していますが、まだ決定してはいません。しかし、SPかFSのどちらか1つは5月中に作り上げたいと思っています。
まだ何も現実的に固まってはいませんが、多くの感情が渦巻いています―、この間、僕の人生にとってどれだけの出来事があったことか!
プログラム作成を終えたあとには、短い休暇を取り、そして次のシーズンに向けての合宿に入ります。」

彼によれば、今シーズンはとても苦渋に満ちたものであった、という。

「このシーズンは僕にとって容易なものではなかった、と結論づけられます。そこから何が導き出せるでしょう?精神的な問題が大きいです。最も重要なことは―?そう、いつでも、全ての人を信頼して良い、とは限らないということです。
そして、来るべきシーズンに向けて行うべきことはただ一つ。リンクに出て、最大限の、そして最高の力を発揮すべく競技を行うことです。戦略を練るのは僕の役割ではありません。まず必要なことは、僕が、争いに割って入るだけの力を持っている、ということを自身で証明することです。5位以上(訳注)の力を持っている、ということをね。
来シーズンにおいて僕は、自身の力を信じコーチの信頼に応えるべく努力してそれを証明してみせます。」

ヴォロノフは、2013年からスポーツ教育センター「サンボ-70」のモスクワのリンク「フルスタールヌィ」において、エテリ・トゥトベリーゼのグループに属して練習を重なっていた。欧州選手権では2013-4年に銀メダル、2014-5年には銅メダルを獲得している。また、2015年の国別対抗戦ではロシアチームの1員として銀メダリストとなった。しかし、2015-6年のロシア選手権では5位に終わった。

=====ロシア語原文=====

訳注)5位以上という言葉に関しては、特にどこの、なんの、という説明は付いていない。しかし、昨年のロシア選手権が5位であったことから、「それ以上の成績」を暗に示しているようにも感じられる。

++++++++++

今シーズンは、とにかく精神的にいろいろあって、迷いの中での戦いであったように感じられましたから、コーチを変えて心機一転、となるよう祈りたいものです。
老け込むにはまだ早い!

ベテランらしい厚みのある演技を来期も楽しみにしています。頑張れ、セリョージャ!







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セルゲイ・ヴォロノフ:コフトゥンは、SPにおいて1つのミスを除いてしっかりとやり遂げた ―世界選手権2016


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(2015年欧州選手権表彰式より 左、マキシム・コフトゥン 右、セルゲイ・ヴォロノフ) 

先程、世界選手権女子のSPが終わりました。終わってみると・・・・。
とにかく女の子たちの“強さ”が目立った大会だった、といいますか・・・・。地元ボストンで期待を背負い戦ったアメリカ女子と、優勝候補、ともくされ「よっぽどのことがなければ優勝できない、なんてことはありえない」と自国のコーチにまで言われたロシア女子。神演技、とも言える素晴らしい演技を重ねた彼女たち6人と、枠の拡大を命題とされながら、エースが崩れたロシア男子。
SPを終えて、結果は対照的なものとなりました。

そんなロシア男子に向けて、ヴォロノフのインタビューが入ってきていますのでご紹介しましょう。インタビュアーは、先日アリエフやフェジチキナのインタビューをした(このブログにて紹介)、アナトーリー・スモフヴァーロフ記者です。

今回も、最終チェックはロシア語者のフォロワーさんにお願いしました。いつも本当にありがとうございます。深く感謝申し上げます。

+++++++
<コフトゥンはたった一つのミスを除いて、SPを立派にやり遂げた>
「ロシア選手権3連覇中のマキシム・コフトゥンは、世界選手権のショートプログラムにおいて、1つの重大なミスを除いては、高い技術を披露しました」
と欧州選手権2度のメダリストであるセルゲイ・ヴォロノフは語った。モスクワ時間の水曜から木曜にかけて、世界選手権で男子SPが行われ、コフトゥンは78.46点を獲得し、13位となった。
彼は、最初に4S-3Tのコンビネーションを跳んでいたにも関わらず、トリプルトウループをもう一度跳んでしまう、というルール違反を犯し、ジャンプがカウントされなかったのだ。
SPで1位となったのは、彼の直前に演技した2014年の世界チャンピオン、ソチオリンピックの金メダリストである羽生結弦だった(110.56点)。
「マックスがユヅルの直後に演技することはとても困難なことでしたね。しかし、序盤の4-3のコンビネーションをはじめとする滑り出しはとても素晴らしいものでした。そして、堂々と演技をしてのけました。忌々しいトウループのミスを計算に入れなければ・・・。もしかしたら、彼は焦りやプレッシャーを感じていたのかもしれません。
僕は彼がフリーで、去年幾度となく示してくれたような集中力を見せてくれることを期待しています。」
とヴォロノフは電話で語った。
「ユヅルは今シーズン、まったくもって現実離れしたことをしています。SPではそれは成功しました。そして今度さらに重要なことは、フリーで持ちこたえることです。なぜならば世界選手権とは何事も起こりうる、精神的な戦いだからです。」
と、彼は付け加えた。もう1人のロシア代表、ミハイル・コリャダーは第6位(89.66点)だった。
「ミーシャ・コリャダーはシーズン最高の演技をしました。全ての要素にプラスがつく高いレベルで、技術点は素晴らしい点数でした(51.06点)。フリーで彼にとって大切なことは、自分自身に打ち勝つ事です。彼の演技を見るのは楽しみですが、順位予想はしたくはありません。ただ、僕はミーシャの成功を心から祈りたいと思います。」

=====ロシア語本文=====

+++++++
セリョージャのこの言葉に説得力があるのは、彼もまた何度か羽生の直後に演技をしたことがあるからです。私が忘れられないのは、2014年のなみはやドームでのNHK杯FSでした。CoCでのハンヤンとの衝突事故があった年、といえば覚えていらっしゃる方は多いでしょう。羽生はCoCで負った怪我で出場も危ぶまれる中での大会でした。確かにあの大会の雰囲気は異様でした。
殆どの観客が祈るように羽生の演技を見つめていました。そして、彼の演技が終わり、湧き上がる歓声、雨にように降り注ぐ花束やぬいぐるみ。
セリョージャは足の踏み場もないような状態でアップしなければなりませんでした。そんな中、引き上げてくる羽生にねぎらいの言葉をかけ、セリョージャはリンクに出てゆきました。

2014年NHK杯 FS上位グループ通し動画(羽生の演技は08:40、2人のすれ違うシーンは15:00くらいから)


おそらく彼は、この時の状況を鮮明に覚えていたことでしょう。
羽生結弦という存在は(選手としての羽生はもちろん、それに伴うファンやメディアも含めてです)、他選手にとって我々が想像する以上にはるかに大きいもののように思います。
そんな中、国の期待と枠の拡大、という義務を背負ってたった一人でリンクに出て行かねばならない。その緊張感とプレッシャーをセリョージャは知っていたのです。
残念ながら、コフトゥンはその重圧に押しつぶされてしまった感があります。残念なことです。
しかし、セリョージャは昨年の、どん底のようなSPから巻き返したコフトゥンの姿をもチームメートとして身近に見ていました。だからこそ、「彼のさらなる底力に期待したい」というような言葉が出てくるのだと思います。彼のポテンシャルはこんなものではないよ、と言っているのかもしれません。
マックス、どうかFSでは、枠のことも国のことも忘れ、自らの演技にだけ没頭してください。そうすればきっと結果はついてきます!

おことわり)マックスの演技については、「SPの意味」というような別項を立ち上げて書きたいと思っています。ファンの方ごめんなさい。m(_ _)m


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セルゲイ・ヴォロノフ、コーチ替えと怪我のその後


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(Mikhail Sharov氏撮影)

アジヤン・ピトキーエフくんに対する移籍の噂は先日から流れていましたが、今日、正式に連盟から、彼の移籍が発表されました。
それと同時に、セリョージャの移籍も明らかになりました。
上の写真はこのブログ記事の見出しに何度も使ったものですが、今現在の状況を表すに、この遠くを、そして未来を見据えるかのようなセリョージャの瞳と、残念ながら過去のものとなったエテリ・トゥトベリゼコーチとの絆を、セピアカラーにすることで示してみました。

移籍と彼のコメントを伝えるタス通信の記事

これによれば、セリョージャはレーナ・ラジオノワのコーチでもあるゴンチャレンココーチの元で、既に練習も始めているようです。

セリョージャは、
「確かに、僕はインナ・ゲルマーノヴナ(ゴンチャレンココーチ)のグループに移籍し、既に2日間練習をしています。コーチを変える、という決断は僕がくだしました。
これについての理由は現在はコメントしたくありません。
移籍は既に行われ、それに対して大変嬉しく思っています。インナ・ゲルマーノヴナが僕と活動してゆくことに同意してくれたことにはとても感謝しています。」
と述べ、「3月初旬に怪我(アキレス腱の損傷)が伝えられ、練習を休んでいるそうですが?」
と水を向けた記者し、
「現在では氷に乗ることもできているし、通常通りの練習ができています。」
と付け加えたそうです。

今日帰ってきて、このコーチ替えの報を聞いたのですが、正直、私は驚きませんでした。
今年のセリョージャはずっと迷いの中にいたように感じられました。
特にフリーのプログラムがなかなかうまくいかず、お偉方たちからも賛否両論あったらしいことも伝わってきていましたから。
ナショナルでフリーのプロを昨年のものに戻す、と言っていた時のインタでは
「現実がきつい時は、思い出が慰めになることもありますね」
と意味深な事を言っていましたし・・・

正直言いまして、フリーのプログラムを戻した時に、なんとなく予測はついていました。ただ、コーチ替えがあったにしても、彼はモスクワから離れることはないだろう、と思っていましたので、今回の結果は私としては想定の範囲内です。
というのは、ウルマノフから離れた時(当時の拠点はサンクトペテルブルグ)、セリョージャはいろいろなことがあって、ホームシック気味になっていたからです。
当時のことはウルのコメントを借ります。
「セリョージャは、自分がモスクワ生まれである、と繰り返し言いました。ネヴァの流れでさえ、自分の眠りを妨げる、と。しかし、調子の上がらないアスリートが、原因を気候に求めてもどうしようもないのです。コーチが太陽を作り出せるとでも言うのでしょうか?それは無理です・・・」
以前のエントリーでアリサも言っていたサンクトペテルブルグの曇り空と湿気た気候。
もちろん、挫折の苦しみからお天気のせいにでもせずにはいられなかったのかもしれませんが・・・

しかし、五輪を見据えて、コーチ替えをするのであれば今がチャンスです。むしろ、「これからもやるんだ」という強い気持ちがあるからこその移籍だと思います。もちろん彼のことですから、トリプルルッツを取り戻してくれ、GPF表彰台、そして2度に渡るユーロのメダルに導いてくれたエテリ・トゥトベリゼコーチに対する感謝を忘れてはいないと思います。ただやはりコーチと生徒、とはいえ人間同士、どうにもならないこともあるのだと思います。
彼は今でも、ラファエル・アルトゥニアンや、アレクセイ・ウルマノフに関しての感謝や賛辞をおしみませんし、セリョージャにとって彼らは自らの人生の中で大切な人物、と位置づけられているのだと思います。
「現在はコメントできない」という彼の言葉にすべてが込められている気がします。きっと彼は、誰も悪者にしたくないのでしょう・・・


そして、上のコメントにもあったように、アキレス腱を痛め、恐らくカップロシアオブファイナルから練習を休んでいた、という報が3月上旬に流れたセリョージャですが、現在では全く問題なく、氷上での練習を開始しているそうです。
TCCでの勇姿がきっと見られることでしょう。
ファンとしては祈ることしかできませんが、とにかく彼が前向きでいること、そして新しいチームに馴染んでいるらしいことを喜びたいと思います。

いずれ、彼の口から移籍の理由が語られる日が来るかもしれませんが、そんなことより何より、私としては彼が競技に前向きであることを心から喜びたい。

そしてセリョージャ、今のあなたにこの日本の文豪の言葉を贈ります。



強く優しきあなたに、神の恩寵がありますように。



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テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

プロフィール

Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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