コンスタンチン・メンショフ:閉じられた門に挑み続けるのにはもう疲れた

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(2014年欧州選手権表彰式より)

33歳のロシアンスケーター、コンスタンチン・メンショフの引退インタビューです。先日ナショナルメンバー候補として名前も発表され、なんの疑いもなく現役を続けてくれるものだと思っていた私にとっては、この彼の引退の報は超弩級のショックでした。インタをとったのがアンドレイ・シモネンコさんでなかったら、「はいはいロシアロシア」と流していたかもしれません。シモネンコさんはルカヴィツィンチームとは馴染みが深く、2012-3シーズンにユーロ派遣メンバーで揉めた時(カテゴリー:トランコフの反乱、参照)にも、ずっと彼を追ってインタビューを取り続けてくれた方です。だから、おそらく彼の思いを本当にわかってくださっているであろうと思います。シモネンコさんには翻訳の許可を頂きました。
では、インタいきます。

訳にあたっては、いつものようにロシア語者の友人にアドバイスをもらいました。本当にありがとうございますm(_ _)m

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<コンスタンチン・メンショフ:閉じられた門に挑み続けるのにはもう疲れた>

・ソヴィエツキースポルト 6月1日 アンドレイ・シモネンコ


フィギュアスケート男子シングルの2014年の欧州選手権銅メダリストであり、2011年ロシアナショナルチャンピオンであるコンスタンチン・メンショフは、現役を引退することを決断した。
完全に?永久に?
これが33歳のスケーターに向けた最初の質問だった。

「どんなことがあるかわからないし、どんな可能性だって真実になりうるのですから、戻ってこないとも限りませんよ」

メンショフは言う。

M:しかし、私は現在(競技のための)練習はしていません。シーズンへの備えもしていません。そして、子供たちを教えてゆくつもりでいます。今のプランとしては、生徒を集めて、グループを任せてもらってね。
でも、ずっと氷の上にいるわけですから、何がどうなるかわからないですし、戻ってくるかもしれませんよ!


S:戻ってこられますか?


M:多分ね。けれども、腕の古傷は完治していません。傷ついた両腕では思うように競技はできません。非常にキツいです。
そして、次々と若手が台頭してきています。オリンピックの前には、より若い世代に期待が寄せられるようになり、それを打ち破るのは大変難しくなるでしょう。ですから、私は引退を決めたのです。


S:引退の主要因は怪我ですか?


M:もちろん。
しかし、私は薔薇色の眼鏡をかけているわけではありませんからね(希望的観測でばかり物事を見てはいない、の意)。
何が起きているのかはしっかりと見ています。
閉じた門に挑み続けること―ええ、まさにそれが私の人生全てでした― に、もう疲れ果ててしまったのです。


S:どんな気持ちで競技スポーツから引退することになりましたか?満足していますか、それともやり残したことがある感じですか?


M:確かに私はスポーツにおいて幾許かの結果を出しました。けれども、最初に求めていたものはもっとずっと大きかったのです。世界選手権に出場することができなかったのは、とても残念です。最後となってしまったロシア選手権にも悔いが残ります。
しかし、これはひょっとしたら神様の思し召しであったのかもしれません。
「コースチャ、もうスケートは十分やったよ。他のことをやるべき時期なのではないか?」というね。
昨期はシーズン通してずっとキツかったです、常にいくつもの問題を抱えていました。怪我やトラブル・・・。全ての試合で、困難を乗り越えなければなりませんでした。


S:もしあなたが得たものがあるとしたら、若いスケーターたちに何を話しますか?


M:まず全体として言いたいのは、諦めてはいけない、しょげかえったりしてはいけない、ということです。
時に、私はスケートをやめてしまおうか、と思うこともありました。
しかし、希望と必ずうまくいくんだ、という強い信念は私に何かをもたらしてきました。まず、欧州選手権第3位という最も記念すべき結果がそうです。加えて、私は1つのプログラムに異なる2つの4回転ジャンプを入れる、という夢を抱き、そしてそれを成し遂げました。
大きな結果として語れるのはこの2つですが、ほかにも小さいことはまだあります。


S:そしてユニバーシアード(2009年)がありました。あの時あなたはショートプログラムでは25位でしたが、フリースケーティングではトップになりました。(総合7位)
そしてあの有名な2013年のロシア選手権のことです。スポーツの原則が破られ、あなたはナショナルチームに選ばれませんでした。そして、スケーター達が「コースチャをユーロへ!」のスローガンのもと、組織だってキャンペーンをはりましたね。(訳注「トランコフの反乱」←当該記事リンク参照)


M:本当に、たくさんのことが起こりました。そうですね、あとで回顧録を書くかもしれませんね。
それぞれの大会ごとに、稀有なことばかりが続きました。大体において、私の人生は少しも平坦ではなかったのです。
様々な体験、困難な出来事・・・・・。
しかし、そういった苦難は、克服し乗り越えて賞賛を得た時、私に二重の喜びをもたらしてくれました。


S:選手生活を通して、あなたはある日の演技が完全な失敗だったのに、翌日には実に見事にやってのけたことがありましたが、それがなぜなのか理解できていましたか?実際、そのようなケースは多く見られましたよね?
それはあなたの性格的な特質ですか?それとも「どん底」の状態で集中力を発揮できる能力ですか?


M:そうですね、両方ですね。
もちろん私は自らに起こっていることについて、かなりの分析をしていました。しかし私は、ある日にはすべてが全くうまくいかず、別の日には何もかもがうまくいく、というその理由についてとうとう解きほぐすことができませんでした。私は心理学者とともに競技生活を送っていましたけれど、とうとう最後までそういう場合にはどう振る舞うべきかの解決策を見出すことができなかったのです。ですから、試合の場ではああいったことが幾度も起こっていたのです。


S:もちろん歴史を巻き戻すことはできないのは明らかですが、しかしもしも2013年の欧州選手権、ロシア選手権で5位に終わったマキシム・コフトゥンではなくて、銅メダルを獲得したあなたが派遣されていたのであれば、あなたのキャリアは別の道をたどっていたのでしょうか?


M:そうかもしれませんね。しかし、私はこの問題について議論することはできません。起こってしまったことは起こってしまったことなのです。ありえなかったことについて語るのは難しいです。そしてのち、多くのことは基本的には上手くはこんだのですから。
けれどももちろん私は、そういった状況下において多くの選手たちが、いいや選手だけではありませんが、私を支え、応援してくれたことはとても嬉しく思いました。多分あれは歴史上初めてのことだったでしょう。
こういったことが再び起こるかどうかはわかりませんけれど、私は、二度とあのような事態に誰も巻き込まれることのないように願っています。


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(トランコフが引き起こしたネット上での運動「メンショフをユーロへ!」に添えられていた写真)

S:他にも、2013年の国別対抗戦で、肩にひどい怪我を負ったことがありましたね。それは非常に悲劇的なことではありましたが、しかしあなたはそれから立ち直り、同シーズンの欧州選手権では、選手生活最高の成績となる銅メダルを獲得することができました。


M:なんといっても、あの頃はまだ若かったです。そして今、私は年寄り呼ばわりされることにとても嫌気がさしています。
当時、ジャンプは元に戻ったのです。しかし、私にとって難しい問題であったのは振り付けの面でした。絶えず片手にのみ重点をおくような構成にする必要がありました。現在はもう片方の腕にも怪我を負っています。
ジャンプは今もって何の問題もありません。クワドトウループもクワドサルコウもね。
しかし、若手に道を譲るべきである、というプレッシャーもまた、スケートを続けるか否かの選択に大きな影響があったのは確かです。


S:どのような野望を持って、コーチの道に踏み込みますか?あなたが選手として勝つことができなかったから生徒を勝たせてあげたいと?


M:もちろん、あらゆるコーチはそういった目標を持って、自らの教えるアスリートとともにオリンピックでの勝利を目指しているでしょう。
実は、私は既に長いこと教えることは始めているのです。もちろん私自身が現役でスケートをしていましたから、特に誰を担当して大会に連れてゆく、ということはありませんでしたけれども、3~4年ほど教えている女子選手がいます。
ですから、とても楽しみだし興味深いのです。私は、試合の準備に関して、自分の経験を活かしてみようと考えています。これが役立つと良いのですが。
まずは小さい子供たちを教えることから始めて、そして次は・・・。様子見ですね。
私は、私のコーチたちと練習を積んできた時になしたかもしれない失敗をしないようにしたいと思っています。
残念ながら、私の人生はずっと「運」とともにありました。私に携わったコーチたちは、私の場合で学んでいったことでしょう。いかに準備し、いかに教育し、そしていかに技術を身につけさせるか、をね。


S:しかし、おかげで今ではあなたはあらゆることを知っていますよね?


M:すべてを知ることは不可能です。けれど私はこれからもどんどん新しいことを学んでゆきたいと考えています。
そして ―さっきも言いましたが、もしかしたら1年後に還ってくるかもしれませんよ!


=====ロシア語本文=====


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メンショフと、彼の人生のパートナーでもあるマリア・アルテミエワとの練習風景。リンクでは今日もこのような光景が見られるのでしょうか・・・




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Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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