「審判とも戦っている」―マウンドの精密機械と銀盤のダンディー

ワールドを控えて、テクニカルが発表され何か不穏な空気ですね。これは以前に書いたものですが・・



一流のアスリートは、誰であれ、自らの技術にプライドを持っています。しかし、それが必ずしも常に審判に本人の思うように評価される、とは限りません。ひらたくいえばジャッジも人間ですから、誤審もあれば癖もある。しかし、それをひっくるめて戦ってゆくのがアスリートというものだ、と私は思っています。

分野は全く違いますが、そんな、思い出深いアスリートを2人。

まずは、「20世紀最後の200勝投手」であり、カープの黄金時代に先発の一角を担っていた北別府学。
北別府学

彼のボールコントロールは「針の穴をも通す」といわれ、『マウンドの精密機械』と称されていました。ホームベースの三角形部分に置いた空き缶を3球で倒した(もちろんマウンドから投げて、です!)とか、コーチ時代にTV番組『筋肉番付』のストラックアウトでパーフェクトを達成したとか、制球力に関する話題は列挙に暇がありません。
この達川光男氏のブログに詳しい→野球殿堂入り 北別府 学投手の思い出

そんな彼が、いつだったか解説で
「最近のピッチャーはおとなしいですよね。僕らのころは審判とも戦っていましたよ」
といっていたことがあります。そう、抜群の制球力を誇り、それで勝負していた彼は、球審の判断の揺らぎ、にはものすごく厳しかった。厳しいコースへの判定に不服があると、平然ともう一度同じコースに投げ、審判を試すことすらしました。そして、判定にブレがあると、遠慮会釈なく判定にクレームをつけていました。当時のセ・リーグの審判部長を務めていらした田中俊幸さんが「他の投手が先発した試合の倍は疲れた」とインタビューでおっしゃっていたことがあります。
そしてこの北別府のものすごいところは、審判それぞれの癖を研究し、知り抜き、いざ、というときの勝負球にそこを使うことすらした、ということです。
あるシーズン後のTVインタビュー、印象に残った打席、という感じである強打者との対戦場面がリプレイされました。2ストライク後、北別府の放った球は膝元に食い込む変化球。センターカメラから見た球道は、どうみてもボールに見えました。しかし、一瞬の間をおいて球審の手が上がり、
「ストラックバッターアウト、チェンジ!」
呆然とする打者、それを一顧だにせずにスタスタとマウンドを降りる北別府。本当に印象的な場面でした。

「あれはボールだったでしょう・・」といいたげなインタビュアーに、
「いえ、あの球審のあのコースはストライクなんです。」と、平然と言ってのけた彼。
「じゃあ、それを知っていて、あの時あのコースを使ったんですか?」
「はい」

まさに、『マウンドの精密機械』の面目躍如でした。

ルールも、審判も、最初から選手の味方なわけではありません。それを研究し、対処方法を考え抜き、その技術を身に着けた者に対して初めて味方となるものです。ルールを研究し、それに沿っていかに自らに有利な戦略を練るか。勝負についてこれは本当に欠かせないことなのですが、日本人的な感覚だと、「ずるい」とか、「卑怯」とかいう人もいるのですね。
しかし、そんな努力を怠って、
「このルールは、審判はおかしい」
などといっても、それは負け惜しみに過ぎません。



そしてもう一人、「銀盤のダンディー」という言葉が彼以上に似合う人も少ないでしょう、いかに歳を経ても、彼こそが「永遠の王子」という人は多いと思います。「貴公子」と呼ばれだしたのは彼が最初ではなかったでしょうか、ヴィクトール・ペトレンコ。

そんな彼の忘れられない言葉があります。

「選手ならば誰しも、納得のいかない判定、というのは経験している。だからこそ、こんどこそは自らを認めさせよう、と必死に努力する。このスポーツは、そういうものだ」

これは雑誌のインタビューでの言葉だそうですが、おそらくこう述べた彼の脳裏には1990~1991年と、連続2位だったワールドがよぎっていたのではないでしょうか。
とくに1991年のワールド。当時カート・ブラウニングの大ファンだった私ですが、正直、「あ、負けたな」と思いました。それだけペトの演技はすばらしかった。
Viktor Petrenko (URS) - 1991 World Figure Skating Championships, Men's Free Skate


すばらしい盛り上がりと歓声、会場を一体化させるオーラ・・・
本当にすばらしかった。ペトの表情からも、演技への満足、勝利への確信がうかがえます。
実際、翌日のEXでは、解説の杉田さんが「私もペトレンコの優勝だ、と放送の中で言ってしまうくらいすばらしかったですね」と述べておられます。
PETRENKO.V 1991EX

ちなみに同じEXのアンコールつきの方

こちらは優勝したカートの演技。
Kurt Browning (CAN) - 1991 World Figure Skating Championships, Men's Free Skate


冒頭に2人のプロフィールが入っているのも興味深いですが・・・

しいて言うなら、3Aのセカンドにトリプルをつけたカートに対しダブルだったペト、そして3Loが2フットになってしまったこと、それがわずかの差でのカートの優勝となったのだろう、と思います。確かにジャンプ構成からいけば、カートの方が上だったかもしれません。確かにカートの演技もすばらしい。

でも、やっぱりあのときの演技後の私の印象は
「うん、ペトの初優勝だな」でした。
しかし、改めて見比べると、本当にどちらが勝っていてもおかしくなかった。

カートのインタビューと表彰式です
Kurt Browning Interview + Medals Ceremony 1991 World Figure
http://www.youtube.com/watch?v=kdIxMTpoCUA&feature=related


表彰台で惜しみなく勝者であるカートを讃えるペトが印象的です。

「勝者を称えることのできない敗者はその時点で2度目の敗北を喫しているのだ」

という言葉がありますが、この表彰台上のペトレンコは、順位こそは2位でしたが、勝者でもあったのだ、と思わずにはいられません。当時の若手(!)であったトッドを迎える姿もひとつをとってもです。

そして翌年、ペトはアルベールヴィル五輪とワールドの2冠を達成します。ソ連崩壊で足元の揺らぐ中、「旧ソ連統一チーム」「独立国家共同体」代表としての出場でした。

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Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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