セルゲイ・ヴォロノフ ロシア選手権12年の足跡 動画集 (FS)


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Mikhail Sharov氏撮影(この写真、見出しに何度も使いましたが、とても表情が気に入っているので・・)

どうもお久しぶりでございます。
だいぶ更新をサボってしまってm(_ _)m

いろいろ書きたいことも溜まっているのですが、はい、今回はセリョージャの特集です。
ツイで今度セリョージャのロシアンナショナル演技を網羅してみようか、とつぶやいたところ、是非に、というリクエストもいただきましたのでやってみようかと。
今年の誕生日で29歳を迎え、現役選手としてはかなりベテランにはなる彼ですが(今期のGPSメンバーの中では同じロシアのメンショフについで2番目)、相変わらずGPS2枠をキープし、ポイントを重ね続けています。今期はプログラムの作成が遅れたりしたこともあり、昨期ほどの成績を上げることはできませんでしたが、ベテランとしての重厚さを感じさせる演技を見せてくれています。

そんな彼の若い頃って?

というわけで、彼の初出場からのロシアンナショナルの演技を集めてみました。
長くなりましたので、2つに分けようかとも思ったのですが、こればかりは彼の変化を一気に見ていただきたい、と敢えて1つのエントリーにまとめました。技術的な前進、メンタルの創痍、またコーチが変わることでの「色」の変化・・様々なものがプログラムに現れています。
私のくだらない解説より、何よりも雄弁に動画の彼が語ってくれると思います。とにかく動画を!最後まで見ていただけると嬉しいです。

2004-5シーズン(6位)
年頃から行くと今のピトキーエフくん位でしょうか。まだまだ少年、という感じです。しかし、高い3A、綺麗なポジションのイーグルはこの頃からですね。この年はジュニアワールドにも出場しますがケガで棄権、そのケガが完治するまで3ヶ月を要したそうです。当時のコーチはウルマノフです。
(画質・音声あまりよくないです)


2005-6シーズン(6位)
オリンピックチャンピオンであるウルマノフの弟子、ということで注目もされるようになってきて、JGPSにも出場するようになり、この年は来日もしています(小塚崇彦、金関林に次ぐ3位)。そしてこの頃はまだ3Lzを入れていますね。踝の疲労骨折からくる古傷で、Lzを跳ぶのはかなり負担だった、と聞いています。ジュニアワールドでは小塚君に続いて2位、このジュニアワールドの演技で私は彼に惚れ込んだのでした。⇒ジュニアワールド 2006 FS



2006-7シーズン(6位)
黒・赤系の衣装の多い彼にしては珍しい色合いの衣装です(ただしこれはユニバまで)。曲は「パール・ハーバー」のサウンドトラックを使用していますが、プログラムの研究にルーズベルトの演説集である『炉辺談話』を熟読していたそうで、そんなところがいかにも彼らしい。
この年はユニバーシアード、ジュニアワールド、シニアワールド(ユーロで崩れたグリアゼフの代役として急遽出場)と連戦となりましたが、コーチのウルマノフはこの連戦はきっと彼に良い経験をもたらす、と述べていたそうです。ジュニアワールドではキャリエール、チャンに続く3位、DGの評価ながらもクワドトウループを着氷し、クワドジャンパーへの道を歩み始めることとなります。



2007-8シーズン(優勝)
前年のワールドで見たジェフリー・バトルの演技にインスパイアされ、あんなふうに滑りたい、あんなふうに踊りたい、とウルマノフの大反対を押し切って選んだ、というタンゴ。ステップの中で、ツイズルやループターンなど、彼のクセのないスケーティングがとても生かされていて、いいプロだと思うのですが、日本の解説の方からは評判が良くなかったですねぇ。皆さん口を揃えて「タンゴじゃない」とおっしゃって。「このプログラムでは曲がタンゴである必然性を感じません」とまで言われていたなぁ。
そして、この年彼はナショナル初優勝を飾り、「チャンピオンが育てたチャンピオン」そして「クワドジャンパーが育てた初のクワドジャンパー」となったのでした。そしてシニアワールドでは唯一のロシア代表として出場、7位となって2枠を勝ち取ります。⇒ワールド 2008 FS



2008-9シーズン(優勝)
オフシーズンに受けた扁桃腺除去手術から敗血症を併発し、3週間寝込む、というアクシデントから始まったこのシーズン。同年代のロシア男子の中では決してトップの評価を受けていた彼ではないだけに、前年の優勝がフロックではなかったと証明したい、と強く思っていたシーズンであったことと思います。
しかし、「FSはロマンティックなものにしたい」と言っていたにも関わらず、持ち越しを余儀なくされました。体調の上がらない中、SPの変更等もあり、苦労の多いシーズンではありましたが、なんとか2連覇を果たし、そして僚友のアンドレイ・ルータイとともに翌年の五輪に向けて、ワールドでは2枠を死守した、というシーズンでもありました。



2009-10シーズン(2位)
五輪に向けてプルシェンコ復帰、ということで、実質1枠を争うこととなった当時の若手たち。当時のインタビューでは「ロシア選手権で目指すのは2位ですか?」などという質問も受けていました。
ただ、この年はSP(スクリャービンのエチュード)、FS(シンドラーのリスト)と彼に合った素晴らしいプログラムが揃い、コーチのウルマノフも、「五輪最終グループも可能」と太鼓判を押していたのでした。この年のSPの4T-3Tは素晴らしく美しく、盤石なものでした。
FSのジャンプ構成がなかなか固まらず、ノーミスがなかったことが心配ではありましたが、ナショナル2週間前の国内戦では素晴らしい演技が出来ていただけに、期待していたのですが。。⇒国内戦での演技
練習中の捻挫がぶり返したのかミスが重なり、FSではプルシェンコ、ボロデュリン、メンショフに次ぐ4位となり、総合では2位となるも、五輪代表決定はユーロ後ということになります。(この五輪選考については何度も書いていますのでここでは記しません)
演技も、国内戦のものも見てください、このプログラムでは最高の出来だと思います(涙



2010-11シーズン(4位)
前シーズンからいろいろあって、本当にFOしてしまうのではないか、と思われた彼ですが、コーチをモロゾフに変え、再出発をはかることとなりました。当時の彼がおっていた精神的な傷はかなり深いもので、モロゾフは「彼がそのトラウマから立ち直るには2年かかった」と述べているので、この年はまだ立ち直る途上だった、と言えるのかもしれません。やる事なす事うまくいかず、焦りの見えるシーズンでした。
シーズン初頭に怪我をし、それを押して大会に出てはSPで棄権、GPSではFSのクワドの着氷で怪我をして棄権、もう1試合も棄権、と散々なシーズン。そしてやっと間に合わせたナショナルではSPでアクセルが抜けて出遅れ。
しかし、クワドを抜いて臨んだFSでは、TESでトップを取ります。今の自分の出来る限りのことをやりきった、といえる美しいプロでした。



2011-12シーズン(3位)
セリョージャにとって精神的なリハビリ、とも言えたのかもしれないモロゾフ時代ですが、正直なところファンとしては、残念なシーズンでもありました。セリョージャはモロゾフのミューズではなかったのだな、と思い知らされた感じがして。特にこの「道化師」。翌年高橋くんで見たときは、なんとも切ない気持ちになったものです。



2012-13シーズン(2位)
モロゾフ3年目。このシーズンから本人も吹っ切れたのか、プログラムも曲も彼に合ったものになってきてる、というか「やらされてる感」がなくなってきているように感じます。セリョージャ自身の意思が見える、というか。このFSで用いた衣装は前年のワールドSPの「アルメニアン」で着用したもので、彼女さんのデザインだそうです。
この年は中国杯で久方ぶりにGPS台乗りを果たし、その大会がリッポンとナンソンの衝突事件があったことや、表彰台メンバーが町田くん、高橋くん、といった日本人だったことでこの時彼を思えてくださった方も多いかもしれません。⇒中国杯表彰式 2012
彼は以前SPで「ゴッドファーザー」をやったこともありますが、ニーノ・ロータの世界はとても彼に似合う、と思います。



2013-14シーズン(3位)
この年からエテリ・トゥトベリゼコーチのもとに移り、3Lzを戻してきました。彼がプログラムに3Lzを入れてきたのはなんと、ジュニア時代以来、8年ぶりのことです。フィン杯で初めてこのプロの中で3Lzを見たときは本当に泣きましたねぇ。彼のこれからにかける思いとコーチとの信頼感が垣間見えた気がして。
そしてこのタンゴですが、やっぱり日本人解説者の方からは評判良くなかったです(笑)⇒日本語解説のユーロのタンゴ
ただ、セリョージャは「タンゴという曲を使って、“捨てられた男”を演じる」といっていて、それはとてもうまくいっていたと思うのですね。特にコレオシークエンスの部分には、激しい感情のほとばしりがうまく表現されていると思います。



2014-15シーズン(2位)
今までのセリョージャの苦難が一気に報われた、といってもいいシーズンだったかな、と。ワールドのFSで古傷の膝に悩まされ崩れたほかは、本当に安定していて、まるで大河ドラマの脇を固める名俳優のようでした。SPでは90点以上を叩き出し、FSでもPBを更新。日本人選手とともに台乗りすることも多く、このシーズンで彼を覚えてくださった方も多いかも。特に印象的だったのがダイスや無良くんと一緒だったNHK杯の表彰台でしょうか。⇒NHK杯表彰式 2014
このプロはダイナミックで男っぽく、現在の彼にとてもあっていると思います。若い時期だったら演じられなかったろうな、とも。



2015-16シーズン(5位)
若手が出てきた、ということもありますが、寸前でFSを変えたことはいかにも残念です。あれが完成していたなら、おそらく彼の新境地が開けたことと思います。しかし、勝負ですから、思い切った前向きの気持ちでの撤退、で勝負をかけたのでしょう。
もう少しあのバトルプロが出来上がるのが早かったなら、結果は変わっていたかもしれません。彼はどちらかというと不器用で、プロをモノにするのに時間がかかるタイプのようなので。
ただ、今回致命傷となったのはSPのコンボのセカンドがダブルになったことと、アクセルが抜けたことでした。どちらかが入っていたなら・・・。
FSでもり返していただけに(SP9位→総合5位)、惜しかった。



こうして見てくると、セルゲイ・ヴォロノフというひとりの人間が悩み苦しみながらも成長してきたその証がプログラムの1つ1つに刻み込まれているような気がします。
あの広いロシアという国から、たった18人しか参加することの許されないロシア選手権。それに12年連続して参加し続け、ずっと入賞している、というのもすごいことです。
彼はインタビューなどで「実績を上げ続けることの大切さ」をよく述べますが、それは彼の今までこうして積み上げてきたものがそう言わせるのでしょう。

セリョージャ、初めて見たときはこんなに長く応援できるとは思わなかった。決して平坦な道ばかりを歩いてきたわけではない貴方。そんな苦難を栄養に変えて、前向きに歩き続けるあなたを私は心から尊敬しています。

来シーズンもまた、そんなあなたの姿を氷上で見ることができますように。



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こんにちは。
ボロノフさんの貴重な動画ありがとうございました。

ライトなファンですので、バンクーバー前の印象からから一気に2012年まで飛んでしまっていて、あの綺麗な少年がこんなカッコイイ青年になってたんだ、なんて思ってました。怪我や挫折いろんな試練を乗り越えての復活だったんですね。
動画全部見せていただきました。
マイライブラリに保存させていただきます。
プロフィール

Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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