セルゲイ・ヴォロノフの歩んだ道(2) ―挫折からの羽ばたき


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昨日の(1)です→セルゲイ・ヴォロノフの歩んだ道(1) ―白皙の美少年が青年に―
こちらも合わせて→セルゲイ・ヴォロノフの欧州選手権の足跡 ― 初出場(2008年)から今年まで
ユーロを終えての彼のインタビューがこちら→ロシアン・フィギュアスケート・フォレヴァ(ユーリさん、いつもお世話になります!)

コーチと別れ、故郷のモスクワから出てきた少年が、苦難の道を乗り越え、ロシアチャンプとなり、五輪切符まであともう少し、というところまで来てそれを失った。そしてメンタル的にもかなり参っているところに世界選手権に引っ張り出され、結果をだすことができずに自分を責め苛んでいた、というのは前回までに書きました。

ボロデュリンの靴の破損による棄権があったとはいえ、確かに彼の持っている力全てを出し切った演技、とは言えなかったからでしょう。キスクラを退けるときに、ウルマノフに何度も「スパシーボ」と言っているのが放映にも入ってきました。
多分、かなり国に帰ったら彼は批判を浴びるのだろうな、というのは予測がつきました。案の定、お偉方からは
「メンショフ(彼はワールドの補欠に入っていました)を出しておけばよかったんだ。ジュベールがあの成績を取れたなら、メンショフだっていけたはずだ」の声。
しかし、当時のメンショフはやっとGPSに顔を出すことの出来た選手。WSからいけばセリョージャとは比べ物にならない位置にいました。滑走順も最初の方だったろうし、PCSも出にくかった(ただでさえ今でも彼はPCSが低い)でしょう。
だからこそ、病を押してでもセリョージャを出したんであろうのに・・・

彼は
「選手はいかなる状態にあっても、行け、と言われれば行かなければならないんです。そして相応の成績を上げなければ」
と常に言っていましたから、自分がナショナルメンバーである以上、NO,とは言えなかったのでしょう。

その頃は、
「みなさんに、そして家族に迷惑をかけて本当に済まない」
というお詫びと、自らを責めさいなむようなインタビューばかりが入ってきて、本当に辛かったです。ワールドでのげっそりとやつれた顔を思い出すに、もう来年は彼の姿をリンクで見ることはできないのではないか、と覚悟しました。

そんな時、ウルマノフのインタビューが出ました。(当時のPCがクラッシュしてしまってソースを出せなくてすみません)

++++++

「セリョージャは、自分がモスクワ生まれである、と繰り返し言いました。そして、ペテルブルグは自分には合わない、と。ネヴァの流れですら自分の眠りを妨げる、と。
我々は6年間彼と一緒にやってきました。そして、彼に快適な生活を送らせるよう、全てを尽くしてきました。フィギュアスケートアカデミーの側にアパートを無償で提供し(最初は1部屋、現在はベッドルーム付きの2部屋)、トレーニングに関しては申し分のない状況を与えてきました。
しかし、そんなアスリートが、故障の原因を曇り空に求めてもどうしようもないのです。コーチが太陽を作り出せるとでもいうのでしょうか?それは無理です。・・・・以下略」

+++++++
以前からセリョージャは、サンクトペテルブルグという町について、ボクには合わない、生まれ育ったモスクワが恋しくなることがある、というようなことをよくインタで言っていて、それがちょっと気がかりではあったんですが、ただ調べてみるとモスクワとサンクトという都市の気質の違いはかなりなものらしく、ロシアでも、「モスクワっ子はサンクトには住めない」などといわれているそうです。母、と父、に例えられるくらい、気質がぜんぜん違うようなんですね。
「大いなる田舎」「母なるロシア」って感じで、何でも受け入れてしまうような(ある意味ではごちゃごちゃした)感じのモスクワと、「北のヴェネツィア」といわれる古都で、文化的にも欧州に一番近い、といわれ、住んでいる人もプライドが高いサンクト。

ウルとセリョージャの関係っていうと、

“京都の会社でお公家さんの出の上司と、下町生まれの生粋の江戸っ子が一緒に仕事してる”

って感じだったのかなぁ。巧くいっているときは、お互いがお互いにないものを見つけ出していくような感じで巧くいっていたんでしょうが、ひとたびつまづくと・・・・

それで思い出したのが、「智恵子抄」のなかの「あどけない話」でした。お恥ずかしいですが当時書き散らしたものを。

+++++
セリョージャはピーチェルに空がないと言ふ、
ほんとの空が見たいと言ふ。
私は驚いて空を見る。
エルミタージュの向こうに在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのグレーの空だ。
たゆたうネヴァの流れの音は
大帝の昔から歴史を運ぶ。
セリョージャは遠くを見ながら言ふ。
赤の広場の葱坊主の上に
毎日出てゐる青い空が
セリョージャのほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。

元ネタはこれです↓
http://homepage3.nifty.com/torabane/meisaku6.htm

祖父母の代からのサンクト育ち。
そしてスターリングラード包囲戦を生き抜いた祖父母をもち、ソ連崩壊にも耐え抜き祖国に栄光をもたらした鋼鉄の意志、金剛石のプライドを持つウルには、ここまでモスクワを恋しがるセリョージャがどうしても理解できなかったのかもしれません。
切ない話です。

そして、しばらくしてセリョージャがウルマノフと離れ、モスクワに戻る、ということが発表されました。当時彼は古くからの友人でもあるレオノワちゃんに相談もしていたそうです。

彼女は、『彼は愛する故郷であるモスクワに帰ったのです』と、ブログに記していました。

そして、セリョージャの「これから生きていくためには環境、そして生活を根本から変えなければならない」
という短いコメントがありました。私はその中の選択肢に、「スケートを続けること」もあって欲しい、と心から祈ったのでした。

それからしばらくして彼がモロゾフと組んで再出発を図る、ということが発表されました。うーん、モロゾフ・・・・と思いつつも彼がスケートを続けてくれることに本当に安堵し、また、モロゾフとセリョージャ、ということで化学反応みたいなものが起こって何かすごいものができるのでは、などと期待したりもしました。

<続く>

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プロフィール

Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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