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メンショフさんに春は来るか ― 国別選考と歳の差カップルの行方

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珍しく日本で言う週刊誌的なサイトにメンショフさんのインタがあったので訳してみました。


+++++++

多くの人びとに、コンスタンチン・メンショフは今頃は世界選手権でカナダにいるだろう、と思われていた。しかし、チームはスポーツの根本を忘れ、派遣は皮肉な結果となった。
メンショフはナショナルチャンピオンシップで「銅」となり、ロシアンカップファイナルを制覇したが、その代わりにもたらされたのは、タチアナ・タラソワの門下にある17歳のマキシム・コフトンの欧州選手権派遣、世界選手権派遣だった。

この2つの決定は、ただでさえ落胆し弱気になっているアスリートに「ボディーブローのように」効いていた。
コンスタンチン・メンショフはあまりにも無力だった。

しかし、ここに我々は一つの愛の姿があったことを知ることができる。



Q>「連盟はメンショフの命を奪ったも同然だ」とあなたの状況を評して著名なコーチニコライ・モロゾフが言いましたね。あなたはこの言葉についてどう思いますか?


M>確かに私は深刻な悩みを抱えています、全てにおいてね。先の見えない状況で、心を奮い立たせ、力を出していくことは本当に難しい。けれど、私は最後の最後までくじけない。
私は4月に日本で行われる国別対抗戦に出場できることに望みをかけています。

連盟は、それについては約束をくれたので。


Q>そしてまた「梯子が外される」ようなことがあったら?


M>正直、どういう気持ちになるかわからないですね。2011年、私は初めてロシアチャンピオンになりました。けれども、日本を襲った大震災によって国別対抗戦は翌年に延期されました。私は、そこで確かに演技できるはずだったのです。
しかし、2012年の春、そこに行ったのは・・・マキシム・コフトンでした。(訳注1
明らかにそれは多くのの意思が働いていて、その中でもタチアナ・アナトリエヴナの声に耳を傾ける人が多い、ということですよ。


Q>あなたにもタラソワのようなロビイストを必要だったということでしょうか?


M>いたらよかったのかもね、もちろん。


Q>欧州選手権の前、我が国のほとんどすべてのトップスケーターたちが―エフゲニー・プルシェンコ、マキシム・トランコフ、ドミトリー・ソロビエフ、アリョーナ・レオノワ― 団結しましたね。(訳注2
あなたはそのような反応を彼等に期待していましたか?


M>全く。でも、それは非常に喜ばしい驚きでしたね。私は、皆が統一戦線を張ってくれるとは思いませんでした。この、「スポーツの原理原則が明らかに崩壊した」というテーマは文字通りインターネットを炎上させました。
私は重く受け止めます...フィギュアスケート史上において、たった一人のアスリートがここまでに大衆の支持を受けた、ということについてね。しかし、連盟は彼らの意見を変えてはいませんけれど。


Q>コフトンについてはご存知ですか?


M>少しだけね。(訳注3
ただ、ロシア選手権の後私たちはお互いに会ってもいない。ある時、Twitter上でコフトンが私のことをよく言っていない、と聞かされましたけれど、一体どうしてそういうことになるのか?
どんなインタビューでも、彼のことを悪く言ったことなんてありませんよ。私はそんなことはしない。


Q>去年、あなたは引退しようと考えていた、と聞いていますが?


M>私は怪我をして、ロシア選手権の準備どころではなく、病院を回って何人ものドクターにかかっていたんですよ。そんな耐え難いストレスの中で行なった演技はめちゃくちゃで7位。大会後、思案のすえに「もうたくさんだ、やめてしまいたい」と思い、三週間の間氷の上に出ませんでした。しかし、自分が冷静になり、また周りの経験豊かな人々が、いっときの熱情に駆られて結論を急いではいけない、とアドバイスしてくれました。


Q>プルシェンコはあなたと同じ30歳ですね?あなたが彼のような怪我をしていたら、まだ現役を続けていたでしょうか?


M>私が肩を脱臼して、1ヶ月間まともに練習ができなかった時のことを思い出します。転倒が何よりも怖かった。さもなければ手術、と医者に言われていましたから。なんとか立ち直りましたけれども、長くかかり、ハードなダメージを受けましたね。
プルシェンコは脊柱の椎間板を入れ替える手術をしたのでしたっけ?勇気ある男性ですよ。私にはおそらく、彼ほどのリスクを侵す事は出来ないでしょう。

しかし、プルシェンコは歴史を創りたいのですよ。4回のオリンピックでメダルを取ったシングルスケーターは世界に誰一人いませんから。(訳注4


Q>あなたはソチ五輪に出たいですか?


M>もちろん。それが夢です。だからこそ辞めずに現役を続けているのです。


Q>しかし、そこでおそらくロシアは1枠しかないでしょう。その枠のためにはあなたはプルシェンコを含むチームのライヴァルの失策を密かに願うことも厭わない、ということになるのでしょうか?


M>正直なところ、それはできないな。私は人が良すぎるのかもしれないね。けれど、誰しも他人の失敗を願いはしない。とにかく、競技に向かい合ってより大きく高い成績を成し遂げられるよう、自分自身を高めてゆくしかないと思う。


コースチャは偶然にも、祖国防衛の日に生誕を受けた(訳注5
2月23日に彼は30歳を迎えた。



Q>有名な記念日ですね?


M>この日のために、私のコーチのエフゲニー・ルカヴィツィンと振付師のオルガ・グリンカは、サプライズパーティーを用意してくれたんです。アイスパレスの氷上には、ハート型のプラスチック板を手にしたちびっ子スケーター達が現れ、様々な出し物を披露してくれました。そしてたくさんの温かい言葉をくれて。本当に何とも言えない気持ちです。そして、有名な俳優のセルゲイ・セリンもお祝いに来てくれた。彼とは数年前、TVのショー番組 "Dancing on Ice "に出たときに知り合ったんだけれど、それから彼はアイスパレスに正しいスケーティングを習いに来るようになり、我々は友人になったんだ。彼の公園に招かれたこともある。


Q>パフォーマンスはどんなだったか覚えてます?


M>それが。。どうしてもスケジュールがあかなくて、劇場にはコーチに行ってもらったんだ。


Q>あなたは誕生日が男性祝賀の日と同日で嬉しい?


M>そうでもないな。だって、プレゼントが半分になってしまうじゃない(笑)


Q>あなたには双子の兄弟がいらっしゃると聞きましたが?


M>それは、必ずしも正確ではないかな。双子といっても二卵性双生児なので、簡単に見分けが付きますよ。私は兄のニキータの10分後に生まれました。昔は彼もフィギュアスケートをしていたのですが、アスリートとしては成功しなくて、今は航空機プラントの工場で働いています。


Q>お兄さんとは交流はありますか?


M>ええ、同じアパートに住んでいますから!まだお互い独身なんですよ。ニキータは、私の演技について綿密にモニタリングしています。そして、私について書かれたもの全てを読み分析してくれます。で、アドバイスをくれるんです。反面、私は自分について書かれたものはほとんど読まないんですよ。


Q>なぜ結婚なさらないのですか?


M>付き合っていた女性はいましたよ。およそ5年ほどね。けれど、6ヶ月ほど前に別れました。


Q>それは何故?


M>おそらく、熱い恋愛の感情が去ってしまった、ということかな。けれども、今でもいい友人ですよ。なぜなら、彼女は私の誕生日を忘れずにいてお祝いをくれました。


Q>コースチャ、それだけではない、まだ何かあるでしょう?


M>そうですね、別れのもう一つの原因は私が一人の女の子―スケーターのマリア・アルテミエヴァ―と出会ったことかな。彼女も私と同じサンクトペテルブルグで同じグループで滑っているんです。


Q>彼女はあなたの誕生日に何をプレゼントしてくれたんでしょう?もし秘密でなかったら教えてくださいますか?


M>ああ、それは言えませんよ!でも、素晴らしい、本当に素晴らしいものです!私は大感激しました!とにかく、今のところ私たちは落ちつき、全てが順調にいっています。


Q>同じ家族の中に2人のスケーターがいると、問題が起こりやすい、というのはよく言われますね。互いに気遣い合ったりして疲れ果ててしまうと。


M>はい、それは私も聞いています。願わくば、私とマーシャはそうでないことを願っています。
ちなみに、マーシャは3月11日に20歳を迎えます。
私は彼女が大喜びしてくれるようなプレゼントをあげたいと心から思います。



専門家によると、マリア・アルテミエヴァは才能があるにもかかわらず、ロシアの若手優先の方針で、ジュニアチャンピオンシップや国際試合においても、マーシャより年少の選手に重点を置いて派遣していたことがわかる。マーシャを後押ししてくれるものは誰もいなかった。それは今シーズンのメンショフでお馴染みの痛々しいほどに似通ったシチュエーションだ。このような閉塞感にとらわれた2人のスケーターに気持ちの相通ずるところができたとしても不思議はないだろう。
知られているように、マーシャは最近足の怪我をした。折を見ては見舞いに訪れコンスタンチンは、塞ぎがちな彼女の心のケアをもした。彼の努力は徒労に終わることなく、マーシャはお返しに彼に応えたのだ。



=====本文=====

訳注1)この年、メンショフはロシアンチャンプになったものの、ユーロではガチンスキーの方が上位だったため、当時1枠だったワールドはガチンスキーが派遣された。メンショフは国別のオファーは受けていたものの、上記のようにその年の国別は中止となり、翌年は怪我のヴォロノフ、ガチンスキーに代わり国内でのWSがメンショフより下のジュニア(ブッシュ、コフトン)が派遣。コフトンは国内戦で敗退しJWにも出ていなかったため、何故?との声も多く上がった。彼のTwitterによれば、ジュニアナショナルを終えた時点でオフに入っており、緊急収集をかけられた状態だったようだ。当時コフトンはモロゾフ門下だったこともありモロゾフが?とも考えられるが、だとしたらジュニアナショナル以降オフにさせたはずはなく、また今年の発言からも「コフトンはJWから」という意見は一貫しており、これはブッシュを出したサンクト側へのモスクワ側の牽制の意味も大きいと思われる。ドミJr.がJWで大崩れしていなければ彼が来たかもしれない。
また、メンショフに体調不良があったわけではなく、2月のRCFでは優勝しており、国別の1週間前にイタリアで行われたガルデナ杯でも優勝している。

訳注2)ここではプルシェンコの名前が挙がっているが、記事を追う限り彼はユーロ派遣メンバーに関してはコメントを出してはいないし、トランコフのツイにも名前は上がっていない。当時彼は夫人の出産で忙殺されており、それどころではなかったのでは、と思われるのだが?

訳注3)これはコフトンがモスクワ、メンショフがサンクト、と拠点が別なため。また、今季のコフトンはユーロまではJr.カテゴリーで試合を行っており、またタラソワのところに行ってからはカレンダーコンペにも出ていないため接点がほとんどない。今年のロシア選手権がほとんど初対面だったのではなかろうか。

訳注4)シングルで4回出場した、という選手であれば他にもいるが、全てにわたってメダルに絡むことができればプルシェンコが初となる。

訳注5)赤軍が結成されたことにより、共産主義国家防衛体制の整ったことを祝する記念日。「国を守る」という意味で、男性に感謝する日でもある。
メンショフの返しは、日本で言うと
「お正月が誕生日で嬉しい?みんなに祝ってもらえるし」と言われた子供が「ううん、別に。だってお年玉が半分になっちゃう」と返したみたいな感じ、と考えていただくとわかりやすいかもw

++++++++++

ちなみにこちらがマリア・アルテミエヴァ。日付から言ってパニン・メモリアルかな。
 



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Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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