スキーヤー一家のスケーター ドミトリー・アリエフ (1) 羽生の宇宙に向かって


0_4_aliev.jpg (記事より)

一月にコミ共和国(ジーマの故郷)の報道サイトに載ったジーマの紹介記事です。
なんとかジュニアワールド前に上げることができました。これを見て、ドミトリー・アリエフというジュニアスケーターを少しでも知っていただけたら嬉しいです。
まずは前半部分です。彼の実績や今までの道のりとともに、スケートをはじめたきっかけや五輪に向けての思い、そして家庭環境などです。
今回もロシア語者の友人にチェックをお願いしました。いつも本当にありがとうございます。本当に感謝しています。m(_ _)m

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<ウフタ人のドミトリー・アリエフは韓国での五輪に出場することを夢見ている>

17歳のドミトリー・アリエフは、ウフタの凍った湖で2005年にスケートを始め、そして昨年の12月にマルセイユで行われたジュニアグランプリファイナルにおいて優勝した。現在、サンクトペテルブルグのフィギュアスケートアカデミーで、著名な指導者であるエフゲニー・ルカヴィツィンが彼を指導している。『レスプーブリカ(共和国、の意)』記者は、コミの産業の首都に、アスリートが生まれ故郷にいた際の年末の休暇中を尋ねた。

<ノールトゥグからヤグディンへ>

ウフタ ― それは偉大なホッケーの伝統を持つ都市である。
昨世紀の50年代から、さまざまな時代にここで「ネフチャンニク」チーム(後になって「トゥルート」(労働の意味)と名前を変えた)と「テフノログ」チームがプレーしていた。
これらのチームは、ゴールキーパーのニコライ・リューや、フォワードのセルゲイ・カプースチンなどの名選手を輩出した。特に、2012年には後者の名を冠した2000席の規模のスタジアムがウフタに建設された。しかし象徴的なことに同じ年、地域のスポーツ界は今回はホッケーからではない新しい才能の出現を認識した。

オリンピックチャンピオンのマキシム・マリーニンは、
«Зимняя Ыбица»(訳注:本来は「イビサИбица」だと思われますが、ここでは「Ыбица」と書かれていて、本来のロシア語の語順にはない言葉が用いられています。コミ語から来ているのかもしれません。強いてカタカナに置き換えると「ジームナヤ・ウィビサ」となります。「ジームナヤ」は「冬の」の意なので、「冬のイビサ」といったような意味合いだと思われます。以降、このエントリーではこの読みを用います)
というスポーツフェスティバルのマスタークラスで、フィギュアスケーターのドミトリー・アリエフを見出し、この少年を援助することを決めた。そして2度のオリンピックチャンピオンのエフゲニー・プルシェンコを育てたサンクトペテルブルグの有名なコーチ、アレクセイ・ミーシンの選抜会(訳注:選手を見て、手元に引き取るかどうかの演技会のようなもののようです)にこのウフタ人が出場できるよう協力した。
また、スペシャリストは少年にいくつものアドバイスをも与え、ドミトリーは、今でもそれらと北の都(サンクトペテルブルグのこと)への旅や「ジームナヤ・ウィビサ」のことを重要に思っている。

「『ジームナヤ・ウィビサ』は大きな転機をもたらしました。」
ドミトリー・アリエフは言った。
「そこに最高レベルのフィギュアスケーターが参加する、、と聞いたときはもちろん嬉しかったですし、興奮しました。反面、とても不安にもなりました。マキシム・マリーニンは、その時からずっと僕の成功を見守ってくれていて、お母さんに僕の上達ぶりと、そしてそれが喜ばしいと手紙を書いてもくれました。鍵となったのはエフゲニー・ウラジーミロヴィッチ・ルカヴィツィンの選抜会でした。僕は、その前の練習がうまくいっていなかったので、ペテルに到着したときは荒んだ気持ちだったのを覚えていますが、結局は全てがうまく行きました。」

ウフタの少年は、エフゲニー・ルカヴィツィンのもとで、2014年に国際試合で初の成功を遂げた。コミ出身者は、8月にスロベニアのリュブリャナで開催されたジュニアグランプリシリーズ第二戦において3位を獲得した。
スポーツ関係の専門家たちは、14歳にして4回転3回転トゥループのコンビネーションジャンプを既に跳んでいた彼を、ナショナルチームの代表になるポテンシャルのあるリーダーの一人に数えられる、とドミトリー・アリエフに注目した。

スケーターはウフタに新年を祝いに帰ってきたが、しかし休暇中でも調子を落とすことは許されない。ジャーナリストたちの訪問は彼のカプースチン記念アイスアリーナでのトレーニングと夕方の距離スキーに同行した。
このスケーターのスポーツへの道は、クロスカントリースキーから始まったのだ。

スケーターの父、セルゲイ・ワシーリエヴィッチ・アリエフは、ウフタの幼少年第一スポーツ学校(ДЮСШ №1 )のディレクター(校長)で、コミ出身のベストスキーヤーの一人でありナショナルチームの一員であるスタニスラフ・ヴォルジェンツェフを育てたコーチでもある。もちろん、セルゲイ・アリエフは息子の中に将来のスキーヤーを見た。ドミトリー自身もクロスカントリースキーを気に入った。
ドミトリーは、幼い頃はスキーレースで2度の五輪チャンプとなったペッテル・ノールトゥグの最盛期だったので、彼のスキーをまねるように努力したと語った。
しかし、後にフィギュアスケートを試すことを勧められ、その上、彼の最初のトレーニングが行われた場所は、ウフタには長いことアイスアリーナがなかったため、凍った湖と、普通の格納庫を流用したリンクだった。


「僕がまだスケートの仕方を全く知らない時に、コーチのヴャチスラフ・エフゲーニエヴィッチ・マクシーモフがスケートの練習のために湖に呼びました。そして、それは偶然からでした。僕が仕事をしているお父さんを待って鉄棒で遊んでいた時、彼がそばを通りかかったのですが、僕がとてもバランス感覚がいいのに気がついたのです。
初めてスケート靴を着けて、すぐに走り回りました。僕はまだ6歳くらいでした。上着を着て、帽子をかぶって滑りました。僕は試合での最初の衣装を今でも覚えています。お母さんがタートルネックを買ってきて、それと帽子に厚紙で作った星をつけてくれました。その試合は、格納庫の中に作ったリンクで行われました。」

と、ドミトリー・アリエフは当時を思い出して言った。

11歳まで、彼は2つのスポーツ成功裏に両立していた。しかし、その後難しい選択を迫られるときがやってきた。

「クロスカントリースキーとフィギュアスケートの練習をする毎日が続きました。あちこちに奔走していました。 僕は、このまま長いこと両方を続けることはできない、とわかりました。僕はフィギュアスケートの方がより好きに、身近に感じられるようになっていたのです。」

彼は述べた。

ドミトリー・アリエフは、フィギュアスケートの重要な手本の一人は、オリンピックチャンピオンのアレクセイ・ヤグディンだという。彼は幼い頃、部屋で立ち上がって、インターネットから流れてくるヤグディンがソルトレイクシティ五輪で金メダルを勝ち取ったフリープログラム「仮面の男」を見ては、夢中になって何度も繰り返し真似をしていたことを思い起こす。
今シーズン、ドミトリー自身はヤグディンの演じたその曲で臨んだが、しかしリュブリャナでのジュニアグランプリシリーズ第2戦の失敗の後、これをアレクセイ・ヤグディンが演じたように滑れる者は誰もいないし、いつになっても現れない、と悟ったのでそれを変える決心をした。


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(2015年グランプリファイナルのバンケットにて。ジーマと羽生結弦)

<羽生の宇宙に向かって>

ロシアが男子フィギュアスケートの巨人であった時代は過ぎ去り、その黎明期のアレクセイ・ヤグディンやエフゲニー・プルシェンコなどといったヒーロー達の代わりに、今や中国や日本のアスリートたちが席巻している。ソチオリンピックでは、それぞれのエレメンツを極め付きな難しさで演じた22歳の日本人、羽生結弦が優勝した。彼はまた、2018年に韓国で行われる第23回冬季オリンピックの有力な優勝候補のひとりでもある。
それにも関わらず、「ソヴィエツキースポルト」紙のインタビューにおいてエフゲニー・ルカヴィツィンは、彼の教え子は高いいくつもの目標を掲げており、その一方で羽生の存在はより正確に言うと明るい刺激材料で、彼の力の前にひれ伏すのではなく、むしろ彼を追って宇宙に飛び立つという起爆剤となると述べた。


“力”は韓国五輪へ出場権のための戦いに没頭し、ドミトリーに12月のマルセイユでのジュニアグランプリファイナルでの勝利を与えた。
2位にロシア選手のアレクサンドル・サマリン(236.52点)を残し、彼は240.07点を獲得して優勝した。3位は韓国のジュン・ファン・チャ(225.55点)だった。
大会でのコメントで、ジーマ・アリエフは、調和がとれていて、氷上で音楽的で、自然かつ優美であると指摘したのは、伝説的人物タチアナ・タラソワであった。
スケーターの他の主な戦績には、昨期のバルセロナで行われたジュニアグランプリファイナルでの銀メダル、2016年にリレハンメルで行われたユース五輪で獲得した、金メダルと銅メダルがある。

最初に、熾烈な選抜を通り抜け五輪への切符を手にするために、ドミトリーは自身のすべての力を出しつくすと約束した。

「丸々一年あります。が、4年に一度の大会ですから、これに向けては、真剣に責任を持って臨まねばなりません。僕はオリンピックに出場するために、そしてそこでより良い演技を見せるために、このスポーツに自らのすべてをつぎこみ全力を尽くします。
もしも代表選抜に勝ち残ることができたなら、ユヅルやその他のスケーターたちと伍して戦うことができることを、自分にそして国の人々全員に証明できるよう努力します。」

と、ドミトリー・アリエフは言った。

=====ロシア語本文=====

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昨年はSP1位でありながらFSで崩れ、残念な結果に終わったジーマ。今年こそはその雪辱を果たしてもらいたいものです。
頑張れ、ジーマ!


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テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

プロフィール

Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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