「司祭は陰陽師に追いすがる」 ドミトリー・アリエフ ロングインタビュー

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(JGPFのフリー演技より)


ユースオリンピック後のジーマ(ドミトリーの愛称)・アリエフへのロングインタビューです。聞き手は「R‐スポーツ」のアナトーリー・サモフヴァーロフさんです。

先にあれこれさんや、ユーリさんといった有名ロシアブログの方々が既に訳を上げておられますが、取り掛かってしまったものをオクラ入りにするのも忍びなく・・・。どうか読んでいただけるとありがたいです。
また、私自身かなり彼に思い入れが強いので、バイアスのかかった訳になってしまっている、と思います。正確を期する方は、他のブログやロシア語本文と読み比べてください。
また、ロシア語者の方に最終チェックはお願いしましたが、元々がロシア語⇒英語⇒日本語の訳ですので、正確性には欠けると思います。資料ではなく、読み物として楽しんでいただけると幸甚です。
そして、ジーマと記者(そしてロシア人)にとってあたりまえになってしまっていて、説明不足を感じる箇所には言葉を補いました。
文責は全て私にあります。

タイトルに出てくるペッテル・ノールトゥグは、ノルウェーのクロスカントリースキー選手で、現在「地上最強の男子距離スキー選手」と言われているそうです。ジーマは本格的にフィギュアスケートを始める前は、クロカンもやっていて(インタの中に出てきます)、ノールトゥグは憧れの存在でもあったようです。ジーマと親しい記者のシモネンコさんは、彼のユース五輪中のインスタに、「ペッテル・ノールトゥグに会えたかい?」とコメントしていました。
また、ジーマは文中で各選手の名前を愛称で呼んだり、姓だけで呼んでみたり、ファーストネームのみで呼んだりしています。これは彼の口調をそのまま活かす意味でも、あえて統一せずそのままにしました。


では、本文行きます。(訳注)は最後にまとめてあります。


++++++++


<幼い頃はペッテル・ノールトゥグの背中を追い、そして今は羽生結弦の後ろ姿に追いすがる>


ロシアのフィギュアスケーター、ドミトリー・アリエフは、ジュニアグランプリファイナルにおいて準優勝を獲得し、ユース五輪では銅メダルを取ったにも関わらず、その成績には決して満足していないようです。
それは一体なぜなのか。
「R‐スポーツ」記者であるアナトーリー・サモフヴァーロフの行った、16歳のアスリートであるドミトリー・アリエフとのロングインタビューにより明らかにされます。


S:ドミトリー、リレハンメルはかつて「大人の、本物の」オリンピックが行われ、アレクセイ・ウルマノフが優勝しました。そういった感慨はありましたか?

A:はい。まさにあそこには独特の、オリンピックならでは、の雰囲気がありました。

S:今年、多くのスケーター達は、羽生結弦の驚くべき成績と、ボーヤン・ジンの6つの4回転ジャンプのような、大きな技術的な革新を経験しましたね。
あなた、所謂ジュニアはこういった天才的な新技の荒波の中、どのようにしてこの世界に入ってゆこうとしていますか?

A:そうですね、ユヅル・ハニュウ、パトリック・チャン、バビエル・フェルナンデスといった、シニアの一流選手たちの滑り、技術レベルはものすごいものです。
僕の選ばなくてはならない道はひとつだけです。(彼らと)同じ成績を出し続けること。
逃げる?いいえ。
だって僕はフィギュアスケートをしていたいんです。いつでも、氷の上に乗って、滑って、滑り続けていたいんです。
クリーンに滑って、技が決められた・・・それは幸福の絶頂ですよ。麻薬のようなもの。もうスケート中毒です。僕はリンクから降りることはできません。
僕がフィギュアスケートを選んだのは、偶然じゃないんです。
だって、クロスカントリースキーでだって、良い成績をあげていたんですから。
僕はフィギュアスケートを愛しています。
ですから、僕はハニュウを観ても、臆病になったり恐れたりする気持ちが湧いてくることはないです。
一番大切なのは、シーズンを良い状態で過ごすことです。それさえできれば、誰と比べられようが、どんな予想を立てられようが、僕自身には全く関係ありません。
僕は、出来なかったエレメンツができたことで嬉しくなって、そして翌日にはさらにうもっと難しいプログラムをやってやろう、と考えながらリンクに向かいます。そうしているうちに、ユヅルができていることができるようなレベルにまで達することができる、そんな希望が湧いてくるんです。


S:彼のようにジャンプを跳ぶこと、そして独創性溢れたプログラム、それらは実際に手の届くところにありますか?


A:目標を決めるのは大切なことです。けれども、それのみを見つめていてはいけないんです。


S:興味深いアプローチですね。


A:僕は最も近いところでの様々な状況を観察することが、違ったもののためになりうる、とわかっています。そう、階段を一段一段上がっていくようにね。
ですから、今の時点で、自分がどういう状態でいるのかをしっかり確認していくことが大切です。次に来る段階がどれくらい急で困難か、すごいことであるのかは気になりません。
僕にとって大切なことは、練習と上達したいという強い気持ちです。


S:しかし、将来に目を向けずに?夢がなくて良いのですか?


A:夢を見ることはとても役に立ちますよ。
僕がチャンピオンになって、そしてオリンピックのメダルを首にかけるところをイメージする…。想像の世界でね。それはとても良いことですよね。しかし、「シャーデンフロイデ」のように、他人の苦しみや悲しみを想像して喜びを得たりすることはしてはいけないと思います。

コーチは、重要なのは今この場所で何が起こるか、ということだけだ、と僕に教えてくれました。最近、何度もプログラムについて考えたこと、しなければならないと思ったことが成功しませんでした。
でも今では、過ぎ去ってしまった昨日の失敗はもう返ってこないし、素晴らしいことがあるかもしれない明日はまだ来ていない。あるのは今この場だけだ、ということを忘れないようにしています。


S:“今この場で”というのは、“目先のことにこだわる”というような意味でもあり先延ばしにしてはならないことですよね。


A:その通りです。
例えば銃は必要な瞬間に、撃つべき的を射なければならない。特に弾倉に一発の弾丸しか残っていなかった時にはです。
まさにそれは、演技の中でのこりのエレメンツがひとつだけ、というとき。これがその弾丸を発射するときです。
そうすれば表彰台に上がれる、と自分を奮い立たせるんです。



S:その引き金を引く最後の瞬間は、冷静に冴えた気持ちなのか、反対に激しい情熱を込めてなのか、どちらでしょう?



A:みんなそれぞれ違います。どのような教えを受けてきたかにもよりますしね。血管が破裂するほど熱情的に爆発する人もいるし、それでうまくいっています。その反面、慎重で冷徹な頭脳を持って正確に撃つ人もいます。そして滑りきるんです。
それぞれの方法があるんですよ。


S:あなたはどちらですか?


A:僕は冷静。
けれども、プログラムの高まりによって気持ちが高ぶってきてしまうこともあります。自然と湧きあがってくるそういった感情を無理に消そうとするのはとても危険なことなので、そんなときは血管が切れてしまってもいい、くらいの勢いでラストまで突っ走る。疲れ果ててしまうこともありますけど、全てがうまく行って、音楽が最後の和音を奏で、観客が歓声を上げているのを聞くと、演技の前よりさらに大きな力が出てくるのが分かるんです。それはもちろん、前日のSPの前より更に力がみなぎってくるんです。



S:しかし、疲労困憊している時に、それでも頭脳は冴えた状態に保ち続けることは難しくはありませんか?


A:ええ、そうですね。体力が尽きようとしている際には、集中力を保つのが信じられないくらい難しいです。また、最後のエレメントが終わる、というときには、「これで自分の運命が決定づけられてしまうんだ」という弱気な気持ちが脳裏をよぎったりもします。
そう、2秒足らずの間に100余りの思いが頭の中を駆け巡るんです。そんな中で、きっちりと自己をコントロールしてゆかねばなりません。
ですから、僕は、体力がなくなってきた時でも、しっかりと自分を制御することを学んでいかねばならない、と思っています。


S:最も立ち直れないくらいのひどい失敗っていうのはどういうものですか?


A:最初のジャンプの失敗、はなんでもそうです。
もしそこでやらかしてしまうと、それに囚われてしまって、ほかのエレメンツにも影響が出てしまうんです。その失敗に食い尽くされるような感じで、リラックスするべきなのか、ぐいぐい行くべきなのかの判断さえつかなくなってしまいます。中断してしまうこともできませんしね。
ですから、コーチも、そして僕自身も、その失敗は忘れて、振り返ることなく、今この時に起こっていることに― そう、遠い先のことではなく― いまここにあるものに集中するんだ、と言い聞かせているんです。



S:そんな失敗のあとでも、、やり残すことがないようにエレメンツをしっかり計算し遂行しなければなりませんよね?


A:それは経験によると思います。もちろんクリーンに行えるのに越したことはありませんが、すぐに計算をし、どこをどうリカバリーするか、どうすることが最善策なのかを考え、演技を続けるんです。


S:あなたは優れたイスラエルのフィギュアスケーター、ダニエル・サモヒンと友人同士ですよね?彼はすべての大会で、
「僕は楽しむためにここにいるのさ」
と言っていますが、こういう心理をあなたは理解できますか?


A:ダニエル ― ダーニカと呼んでいます(訳注1) ― ええ、よく知っています。僕は彼という友人を持ててとても嬉しい。親友といってもいいかな。彼はどんな人にもオープンでフレンドリーなんだ。氷上ですら笑顔を絶やさないでしょう?
僕たちはフィギュアスケートに対して、一人一人異なった取り組み方をしています。コーチの指導方法によっても違ってくるしね。
おそらく彼がノリノリになって滑れるのは、「楽しみ」を得る為に滑ってるからじゃないかな。
僕はそうじゃありません。僕がスケートを始めた時から、滑ることにおいて伴っていたのは責任感でした。
それは彼と違った部分だと思います。
彼は沢山のファンとコミュニケーションを取って、気分転換をしたり、そういったことを力に変えたりしてます。もちろん彼も僕同様に自分(の演技)について強い責任感を持ってると思う。強いて言えば、アスリートとしての方向性が違うのかもしれないな。

僕は、試合の前に感情を様々な方向に向けることができないんです。といっても、自分自身の中に入り込みすぎてしまうのではなくて、落ち着いてきっちりと自己をコントロールいようとしてるんです。いや、正確に言えば、しようとしている、かな。
けれども、そんな集中状態が悪い方向へ向いてしまうこともあります。誰とも喋らず、深く自分の中にこもってしまうと、それに耐えられなくなっていまう。コーチに言うこともありますよ、
「エフゲニー・ウラジーミロヴィッチ(訳注2)、僕と一緒にいてください」
とね。彼は僕の過剰なストレスを感じ取り、適切な方法を取ってくれます。もちろん一人でいて気持ちを集中させるほうがいい時もあります。その時々、体調しだいですね。
けど、僕はエフゲニー・ウラジーミロヴィッチとオリガ・ゲルマノヴナ(訳注3)が笑顔でいる時が好きです。コーチが怒ってなけりゃ、僕はいつだって上機嫌でいられるんだけどな。
でも、時には・・・・・・・まあ、この話はこれくらいで。

ダーニカと僕は、一年前のリュブリャナのジュニアグランプリの試合で会い、その3時間後にはもう親友になってました。
練習、バス、ホテル・・・。わかります?それだけで親しくなるのには十分でしたよ。
その試合で僕は3位、彼はもうちょっと下だったかな。そしてリガ(訳注4)でまた僕は3位、彼も5位くらいの結果で、お互いに約束したんです。
来期は絶対にジュニアグランプリファイナルに出ようって。必ず2人で、って誓い合った。僕と彼は性格が似てるんだ。なんでも最後までやり遂げる、ってところがね。
だからバルセロナでは、それができたことで大いに喜び、笑いあったんです。


S:ルカヴィツィンは何故機嫌が悪くなるんでしょう?


A:絶対わからない。きっと誰かが気に入らない演技をした、とか、もしくは僕が何か悪いことをした時にでしょうか。


S:それはおそらく、やるべきエレメンツをしっかり行わなかったりすることが多くの理由?


A:(苦笑) たぶん。それが原因の多くですね。少なくとも、僕がずっと前、そう、ウフタからサンクトペテルブルグに出てきたばかりの時はそうでした。100%ね。
「3Lzを3回跳びなさい」って課題が出ました。僕は怪訝に思って、クロスで反対側に滑っていき、まず1度目を跳んで、2回目を跳んで。で、いいや、とそこで切り上げてコーチのそばに行き、
「エフゲニー・ウラジーミロヴィッチ、3回跳びました!」
でもね、そういった横着は結局自分に返ってくるんです。コーチは実はちゃんと知ってて、その代わりの素晴らしい宿題を沢山僕にくれるんですよ。
だけど今は僕は変わりました。何かがあったら、僕はすぐに彼の前でジャンプに入る。コーチは僕を助けてくれます。


S:練習中、負けず嫌いで誇り高いライバル同士は、時に、あたかも「殺し合い」をしているように見えます。あなたも負けず嫌いでしょう?


A:パトリックやユヅルのような超一流の選手は、そういった時にどのようにすれば良いかを知っています。彼らの「殺し合い」は、氷上での練習はおろか、ウォームアップ中においてもう既に始まっているのです。
我々ジュニアも彼らのまねをして、同じようにしようとしています。リンクに入ってスタートするのには、敵を振り払うことが必要です。
視線一つでも他のスケーター(の演技)に影響を与えることができるかもしれません。けれど、普通は我々は目を合わせることはしません。


S:それはボクサーのようですね?


A:似ている部分はありますね、ボクシングほどひんぱんじゃないけれど。
今は、フィギュアスケートではこういったことはほとんどしていません。なぜなら、(ジュニアの)スケーター達はいつも一緒にいて、仲がいいから。オフアイスでもね。
だから、僕らの場合の「殺し合い」は、しっかりと自分自身に向き合って、きっちりと正確に行うこと。
他人の真似をしたり、他人のすることに気を取られすぎたりしていると、自分を見失って調子を崩してしまうことがあります。また、あえて引っ掛けとしてそういうトリックを使う人もいたようです。いずれにせよ、そういったことに対処する術を持つことが必要です。


S:あなたには「因縁の」というか「宿命の」と言えるようなライバルはいますか?


A:それが誰なのか、僕にさえわかりません。


S:あるとき、サッカーのモスクワダービー、スパルターク-CSKA戦(訳注8)の際に、ヴォイツェフ・コヴァレフスキーとイーゴリ・アキンフェーエフの2人のゴールキーパーに質問したことがあります。アキンフェーエフ(CSKA)に、
「最後の最後の瞬間になっても劣勢な時は、相手のペナルティエリアまで攻め込みますか?」
と尋ねたら、
「スパルタークには、一度も負けたことはない。子供の頃も若い頃も、負けたことはないんだ!今だって決して負けることなんてありえない!!」
という答えが返ってきたのを覚えています。


A:僕はまだその「ダービー」の相手を決められるレベルのスケーターではないんですよ。
例えばユヅル・ハニュウ。
彼は多くの記録を持っていて、ざっくり言えば飛び抜けた存在でライバルはいないように感じられるけれど、彼に迫る存在が現れたなら、彼は何か新しいことをしようとするでしょう。なぜならば、ハニュウは選ばれしものだから。そして、選ばれしものはその場を譲ろうとはしない。だからそこで、宿命的な戦いが起こるんです。
僕はまだまだそういったフィギュアスケートの世界からは遠い位置にいます。
そのようなライバルはまだ僕にはいないけれども、いつか僕がそこまで上り詰めた暁には、姿を現すかも知れないですね。


S:しかし、ジュニアでは「斬り合い」した相手がいるのではないのですか?ソータ・ヤマモトであるとか。


A:僕は、ソーマ・ウノ(訳注5)と対戦したことがあります。1年前のJGPS日本メーテレ杯で。
けれども、これは違います。
以前は、僕は国内戦でトップ3を占める選手たちを打ち倒したかったんです。彼らがなんであるか、僕にはわかっていました。そう、その3人の中に入ることが、僕の夢であるナショナルチーム(ロシア代表のことを指す)での居場所を見つけることだったからです。
最初にサーシャ・サマリン、2番目に僕、3番目は・・・もう覚えていませんが、打ち倒し、這い上がることができました。


現在、僕はジュニアのトップ3の一角にいます。しかし、これは人間との「斬り合い」ではなくて、表彰台のための戦いです。自分対他の人間、というものではない。そういうところが、クロスカントリースキーとは異なっています。
僕がスキーヤーだったときは本当にペッテル・ノールトゥグ(ノルウェー、2度の五輪チャンピオン)に勝ちたかったです。僕がもっとずっと若かった頃、ノールトゥグの前には敵はありませんでした。彼は彼自身のテクニックや戦術を持っていました。僕もこの戦術を持って走ろうと挑みましたが、スケーターへと転向しました。


S:もしもハニュウとノールトゥグを捉え、一言で言い表すとしたらどうなります?


A:彼らは2人とも偉大で、異なるスポーツの選り抜きの具現者です。
うーん・・・。それに答えるのは大変だなぁ。
ユヅル・ハニュウ、鬼気迫るほどに猛々しく熱情的な存在。
ペッテル・ノールトゥグ、自信に満ち溢れ、とんでもなく人間離れした存在。
難しい質問です。(訳注6)


S:スキーは考えもしないですか?


A:ええ、ほとんど。1年に1度するくらいかな。リレハンメルに来る2週間前に、僕はスキーのクロスカントリーレースで勝った夢を見ました。その中で僕が何を話していたかはわかりません。それが何かを暗示していたとも思いません。


S:以前は、バイアスロンは大成できなかったスキーヤーの種目、と言われていましたね。


A:僕にとって、バイアスロンはバイアスロン。クロスカントリースキーとは別。今でもまだ情熱を持って、個人的に知っている選手を応援していますよ。父の教え子であるアンドリューシャ・パルフェノフ、スタース・ヴォルジェンツェフなどを。
僕の兄弟も、彼らと同じチームに属して滑っています。


S:お父さんはあなたを厳格に育てたのですか?


A:ええ、本当に厳しかった。けれど、常に中立の立場を保っていました。僕が悪いことや悪戯をすると、みんなの前で、お尻を丸裸にされてロープでひっぱたかれました。でも、良いことをしたときは、本当に褒めてくれました。


S:悪戯?それは例えばどんなことですか?


A:うーん、それはあんまりお行儀のいいことばかりじゃないから。ノーコメント。突っ込まないでください。


S:サッカーのロシア代表元キャプテンのアレクセイ・スミルティンは、バルナウルに住んでいた子供の頃、お父さんからエレベーターに乗るのを禁止されていたそうですね?


A:僕には特別に禁止されていたことはなかったです。ただ、悪いことや乱暴をすると、厳しい罰が待っていただけです。


S:ケンカは集団での殴り合いとか?


A:ケンカについては父はそんなによくは知らなかったと思います。それは集団ではなくて、クラスメートと一対一でやりました。
僕はいつだって自分の身を守るために立ち上がることができましたよ。けれど、地獄の思いもしました。侮辱の言葉に沈黙で返す、ということができなかったんです。対立問題があったとしても、平和的に解決すべきなのは知っています。けれども、そいつらはへっちゃらで道理を曲げてくる。言葉はそんなやつらには無力ですよね。スウェットパンツでのし歩いてるやつらの中に、髪は短いのに前髪だけ長く伸ばしてるのがいて。ほんとにわからんちんで、やることなすこと気に食わなくて。ムカついてたんです。
そして、僕はやつらにそいつらが思ってるような人間じゃない、という事を証明してやらなきゃならなくなりました。鼻を潰し、歯を折ってやりましたよ。侮辱されるのは嫌いだけど、ケンカは好きです。とっても爽快でしたね。
家にはボクシンググローブがあって、僕はいつもパンチの練習をしてました。お父さんがテコンドーをしていて、特殊なサンドバッグで、肋骨(スケートの“エッジ”と同一単語)の正しい打ち方を教えてくれたんです。


S:なるほど。その時に正しいエッジの使い方を仕込んでもらったんですね?


A:その通りです。フリップのね(訳注7)


S:テコンドーといえば、スケーターが右足を高く振り上げてのデスドロップから入るスピンがありますね。できます?


A:ああ、ジェーニャ・プルシェンコがショーとかでやっているやつですよね。僕はしませんが。


S:子供の頃、あなたは凍った湖の上で練習していたそうですね?ジャンプの後に水の中に落ちたりはしませんでしたか?


A:僕がずっとちっちゃかった頃ですし、ウフタの氷は車が安全に走行できるほどに分厚いんです。湖で、僕はあっという間にフロントクロスを覚え、ステップ動作のほとんど、そしてそれからのジャンプなどを身につけました。


S:今、そこに戻りたい、とは思いませんか?


A:その正確な場所も今は覚えていないんです。ウフタのことも忘れ始めているし。けれど、最近僕は湖のあとのスケートリンクに行ってみました。簡素な倉庫のようなところで、中にはフェンスに囲まれた空間が2つ。
ノスタルジックな気分がこみ上げきて面白かったし、印象深かったけれど、その倉庫の中は外より寒かったんですよ。


S:天然氷の上で滑る昔のフィギュアスケーターたちのニュース映像を見ると、それを自分の子供時代に重ねてみたりはしませんか?


A:僕は、ニュース映画の人々のように優雅でもないし、綺麗な図形(フィギュア)を描いてもいませんでしたよ。だって、天然氷の上の僕は、ペンギンのように走っていただけですから。


S:スケートは誰に教わったのですか?


A:ウフタに住んでいて、トリプルジャンプのことなんてなんにもわかっちゃいなかった頃は、僕は「VKontakte」(略称VK、ロシア版のFacebookのようなもの)であらゆる情報を探りました。ジャンプのできる人を片っ端から捕まえ、質問しまくったりもしました。例えば、トリプルルッツのできる友人にメッセージを送って、跳び方を尋ねたりね。彼は返事をくれました、「脚をネジのように曲げて・・・」
けれども、僕はできるようにはならなかったです。テレビで今よりずっと若い頃のユリア・リプニツカヤを熱心に見たりもしました。

リョーシャ・ヤグディンと彼の「ウインター」、そして僕の大のお気に入りの「仮面の男」。
お父さんは仕事に出かけ、お母さんはソファに座ってテレビをつけます。そして僕は部屋に行って、ヤグディンの映像を眺めては、そのままカーペットの上で、靴下とパンツ、という姿のまま、彼のあらゆるステップの動きをマネっこしました。スリーターンからトウループに入る、その仕草もやってみました。跳び上がれはしませんでしたけどね。
これが毎日続きました。
真似して、真似して、何度何度もやってみて、めんどくさくなることも、疲れさえ知らずに続けていました。ステップをして、スピンをして・・・ 挙句の果てにチェストにぶつかって倒したこともあります。


S:氷上で演じることはないんですか?


A:「仮面の男」を?とんでもない!こんな素晴らしい作品を創り上げることができるのはヤグディンだけですよ!他の誰も同じ滑りなんてできない。


S:例えば「ヤグディン生誕50周年記念祭」のようなものがあったとして、あなたはこのプログラムを滑って彼を喜ばせることはできませんか?


A:コピーをすることはできます。そして彼が喜んでくれるのであれば、それは素晴らしいことです。
しかし、2002年のソルトレイクの「仮面の男」は唯一無二のものであることには変わりなくて、誰の、なんの影響も受けはしません。


S:あなたのイメージする未来のあなた自身、というのはどういったものですか?


A:近頃はクラシックが好きなんです。ハビエル・フェルナンデスがやっているような、コミカルでゲームっぽいものではなくてね。最近、グループのスケーターでもある友達と音楽を聴いていて、「仮面の男」のことを思い出したんです。いや、その曲は「仮面~」ではなかったですけど。すごく雰囲気が似ていたんです。ちょうどクワドの練習に入るところで、ものすごく気持ちが盛り上がって、音楽が僕を捕まえてくれるように感じました。
次のシーズンでは、荘厳な感じの曲を試してみたいと考えています。映画音楽から・・・。そう、人々が戦って自分の街を取り戻す、というようなものと、スケーターが自らのジャンプを取り戻す、というのを重ね合わせて、「トゥ、トゥトゥ(メロディーを口ずさむ)」


S:「ターミネーター」?


A:そんな感じのものです。身体とスケート靴がくっついてしまって離れなくってもがき苦しむ、みたいな。
僕が考えるに、こういった想像を膨らませていくことは、夢を見て、それを叶えてまたその次の大きな夢へ、と一歩々々踏み出してゆく助けになると思うんです。

=====ロシア語本文=====


(訳注1)ダーニカ、はダニエルのロシア式の愛称。愛称は関係性の近さによって様々に呼び分けられるが、この形は最も近しい関係に使われる。日本で言うと「○○っち」「○○ちゃん」という感じのイメージかな。

(訳注2)エフゲニー・ウラジーミロヴィッチ・ルカヴィツィンコーチのこと。ロシアでは名前はファーストネーム+父称+姓で形成されるが、尊敬を込めて目上の人呼ぶときは「ファーストネーム+父称」となる。日本で言うとエフゲニー先生、って感じです。

(訳注3)振付師のオリガ・ゲルマノヴナ・グリンカ女史のこと。振付作品にはジーマの「ノートルダム・ド・パリ」メンショフの「ピナ」などがある。名前については2に同じ。

(訳注4)おそらく14-15シーズンのボルボオープン(リガ)のことだと思われる。順位はジーマの記憶違いか。

(訳注5)宇野昌磨のこと。問では山本草太のことを聞かれているが、ジーマが聞き間違えたのかもしれない。メーテレ杯では、ボーヤン1位、宇野2位、ジーマ3位。

(訳注6)2人を形容している単語は、英語で言うcrazyの意味だそうですが、ロシア語者の方に伺ったところ、羽生君を形容している方の言葉は、滅多に使われない単語なんだそうです。それだけジーマにとって羽生君が特別、ということでしょうか。

(訳注7)これはロシア人のよくやる自嘲を含んだジョーク。握り拳の使い方は必ずしも殴るのが正道ではないが、それを「正しい」と問われたことで「フリップ(ジャンプ)がね」と返している。(ジーマは昨期まで、フリップジャンプにエラーがあった)

(訳注8)スパルタークもCSKA(ツェスカ)も、モスクワに拠点を置くサッカーチーム。サッカーファンの方はご存知だと思いますが、サッカーにおいては、同一拠点のチーム同士の対決は、○○ダービーマッチ、○○ダービー(○○のところに地名が入る)と言われ、重要な対決としてファンもひときわ盛り上がります。それを踏まえて、この2つのチームの関係性を分かっていただくために、原文には「モスクワ」の文字はなかったのですが、あえて挿入いたしました。
記者はここで、ジーマにとって、スパルタークとCSKAのような関係性を持つ重要なライバルはいますか、と尋ねているのだと解釈いたしました。


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セルゲイ・ヴォロノフ、ベテランの決意を語る ―カップオブロシアファイナル


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(ソヴィエツキースポルトより)

先日、4大陸選手権と重なって、ロシアの国内戦「カップオブロシアファイナル」が開催されました。参加者は、男子はセルゲイ・ヴォロノフ、アルトゥール・ドミトリエフ、アレクサンドル・サマリンなど。
こちらがリザルトページ
見方はISUのものと同じです。ちなみにКМСがジュニア、МСがシニアです。

その中でセリョージャが印象深いインタビューを残してくれました。
結果としては彼は3位、このメンバーの中では見方によっては惨敗、とも言えるかも知れない成績なわけですが、彼らしい、自分をしっかりと見つめ、来期にファイトを燃やしているかのようなインタビューでした。

インタ映像



(ロシア語者のフォロワーさんに聞き取っていただきましたが、読みやすくするために若干の意訳を加え、文章を整えました。)

「今日の3位という結果についてはもちろん僕は満足していません。けれど、自分はここに試合に来たことは正しかったと思っています。僕は逃げも隠れもしません。もしも競技できない何らかの理由があるのなら、最初から棄権します。
僕は己を鼓舞します。。リンクに出て戦え。
ええ、今日は確かに2人の選手に敗れましたが、今日の彼らは今日の僕より調子が良かっただけです。
僕は自分のプログラムで挑み、自分のために戦い、自らを証明するために滑りました。
何をって?僕の周りの人達に、僕を葬り去りたい人たちに、まだ早いよ!と示すためにね。(訳注)
今シーズンは困難を極めた。たくさんの障害があり、もっと言えば侮辱すら受けた。しかし、僕はそれを耐え忍び、こんな状態から正々堂々と抜け出してみせる。スポーツマンとしてね。
(今のこの僕の状況を)笑っている人や喜んでいる人もいるかもしれない。でも、笑わば笑え、さ。
お礼で返すよ。
かの有名な女優が、自分の敵に向けて、
「ありがとう」
と言って乾杯したことを知っています?僕も同じように言いたい。
『僕をより強くしてくれてありがとう』とね。」

(訳注)彼は以前のインタビューでも、年齢のことについて触れられ、
「28歳を若くない、なんて言ってごらん?通りで笑われるよ」
と述べています。コフトンやピトキーエフ、コリャダー、といった若手が出てきたこともあり、進退を聞かれることも多いようです。

SPの後にもインタビューがありましたが、そちらはより具体的にアメリカへの団体戦、そして来季への意欲を述べていました。

そんな彼のSP

コンビネーションジャンプと3Aの着氷が乱れたことで出遅れましたが、スピンをきっちり回り、ステップを丹念に踏んでいることに好感が持てます。今年、ジャンプの調子がイマイチだった彼がポイントを落とすことなく来れたのは、このスピンの丁寧さによる、といってもよいでしょう。

そしてFS

全体的にちょっと元気がなかったかなぁ、という印象。ジャンプを慎重にいきすきたせいでしょうか。しかし、前半早々に2Tを使い切るも、3連では3Lo-1Lo-2Loにして、きっちりザヤック避けをしてくるところはさすがベテランの落ち着きですね。ジャンプの着氷にやや難あり、なところも見られましたが、しっかりまとめてきました。

加えてこの大会で印象的だったのは、もう1人のベテラン、女子のレオノワでした。SPこそ、リプニツカヤに次いで2位でしたが、フリーで逆転優勝。
SPは持ち越しで、安定感を見せてはいましたが、フリーでジャンプが決まらず崩れる、という繰り返しでした。今まで、このプログラムでジャンプが全部入ったことはなかったんじゃないかなあ。
それがここに来て、ほんとにシーズン最後の最後で素晴らしいフリーを見せてくれました。3連の3rdジャンプが両足になったほかは、ほとんどノーミスだったんじゃないでしょうか。
どうか見てください。

レオノワのFS

彼女は試合後、「1年間かけて名誉を回復することができたわ!」というような事を言っていたそうですが、まさにその通りかと。
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こんな彼女の嬉しそうなガッツポーズ、本当にいつぶりでしょうか。年齢との戦い、若手の突き上げ、不調・・・苦しんだ一年だったと思います。現在でこそ女子の最盛期を迎えている、といっていいロシアですが、マカロワとともに枠を増やし、その時期への扉を開いたのは他でもない彼女であることは忘れてはならない、と思います。

セリョージャとレオノワは、同じコーチについていたこともありますが、選手寿命が長い反面、怪我や故障に苦しんできた、そして後輩たちにも慕われているという面でも共通しているベテラン2人です。
若手がぐんぐん伸びてきているロシアですが、選手生活の中では怪我や故障、メンタル面での挫折、など様々なことがあります。
そういった苦しみを乗り越えて、長くトップとして活躍し続けることの素晴らしさを、この2人には後輩たちに見せてあげてもらいたい。
素晴らしいロールモデルとなれる2人だと思います。


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(2009-10シーズンのセリョージャとレオノワ)



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セルゲイ・ヴォロノフ、4回転ジャンプを語る

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(2014年GPFプレカン)

セリョージャのクワド関連発言、沢山のRTありがとうございます。思いもかけない数のRTを頂き驚いています。
彼は'07ー8シーズンにクワドを安定して降りられるようになって以来、体が許す限りずっとSPにもFSにもクワドを入れてきた選手です。また、試合中にクワドの着氷失敗して負傷、棄権という経験も持っています。
彼がPBを出したSP.冒頭のクワドコンボが美しいです。


言わばセリョージャは、クワドの魅力も(点数的な)旨みも、またそれを試みることの恐怖も知っているスケーターの1人だと言えるでしょう。そんな彼のクワドに関する発言です。







インタビューの聞き取りはロシア語者のフォロワーさんに協力をお願いしました。いつもありがとうございます。ただ、ツイの文字数に収めるために私の責任において意訳を加えました。

もう1つ。これはこちらのインタビューからです。終盤近くの、「ロシア男子が強くなるためには」といった質問に答えたもので、そこで複数のクワドを跳ぶことに触れています。
インタビュー動画






また、この質問の少し前の、
「フィギュアスケートの技術的な進歩は羽生結弦がもたらしたものですか?」
との問い掛けに、
「いいえ。彼だけではありません。パトリック・チャン、そしてもちろん羽生結弦、エフゲニー・プルシェンコ、アレクセイ・ヤグディン。彼らはそれぞれ自分の属した時代において、大きな技術的な進歩を担ってきました。」
と述べています。

また、これはクワドとは関係ないのですが、ロシア男子弱体化の危機(といっても若手がどんどん出てきていると思いますが!)について尋ねられ、ソ連崩壊による経済危機にも遡っての自らの考察を淡々と述べるセリョージャは、まるで歴史学者のようであったことをご報告しておきます(笑)



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テーマ : フィギュアスケート
ジャンル : スポーツ

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Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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