メンショフはTESに挑む ―スケートアメリカ男子


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さて、いよいよスケートシーズンも本番、グランプリシリーズスケートアメリカが行われました。
スケートアメリカリザルトページ

まずは、試合の流れがわかるように、SP,FS後半グループの通し動画を載せておきます。本当は、TV放映もこのようにして欲しい・・・・

2015 Skate America Men SP Group 2 Full Version (アーロン、ピトキーエフ+第2グループ)


2015 Skate America Men FS Group 2 Full Version (ブラウン+第2グループ)



その中で、今回は(今回も?)コンスタンチン・メンショフをフィーチャーして書いてみたいと思います。

SPは昨年の継続。ジャンプ構成は
4T-3T、4S / 3A できています。



クワドは2つとも加点付き。特に4T-3TコンボはすべてのジャッジがGOEプラスをつけました。地上波放映で佐野稔さんが彼のジャンプにエキサイトしまくりだったのをご覧になった方も多いでしょう。
そして、GPS参加メンバー最年長(32歳)でありながら、このSPのテクニカルスコアが参加選手中トップだった、というのも彼のすごいところです。また、このプログラムでは昨年からコンスタントにステップでレベル4をとっている、というのも彼の注目すべきところ。4Sを入れるようになってから、ステップを特に強化して単独ジャンプのサルコウがトリプルになってしまっても少しでも点を取りこぼさずSPで上位につけられるように、との配慮だと思われます。
けしてスケーティング巧者とはいえない彼が(いや、彼比でSSは上がっていていますが)、レベル4を取れるというところが「やることをしっかりやれば点数は上がる」という新採点システムの特徴だと思います。

そして、FS。


彼のFSの構成は
4T-3T 4S 3A 3Lz CCoSp StSq / 4T 3A-2T 3Lo-2T-2Lo 2A FSSp ChSq FCCoSp
となっているわけなんですが、これはハーフループコンボを持っていない彼にとって、冒頭の4T-3Tが入らないと、途端に黄信号が点ってしまう構成なんですね。後半3Aのセカンドを3Tにリカバリーしないと3連を本来の形で入れられない。今回もコンボ券を使い切ることができず、TESを落としてしまいました。ハーフループからの3Fの3連を持っている宇野とはそこが対照的です。
今回の試合はジャンプの調子があまり良くなかったようで、軸がぶれてのジャンプが目立ちました(SPの3A、FSでの4S(転倒)など)。特にSPでは現地の方によると練習の際全くといっていいほどクワドが入っていなかったそうですが、ここ一番で決めてきたのはさすがです。ただ、時間が長いFSともなるとやはり年齢的なものが出てきてきつくなります。
昔、五十嵐文男さんが解説で
「転倒は選手にとって非常に消耗するんです」
とおっしゃっていたことがありましたが、今回は2つ目のサルコウの転倒が最後まで響いたように思われました。体力とスタミナのある若手なら、転倒上等で高難度ジャンプをガンガン入れてもいいのでしょうが、やはり彼はそうはいかない。昨年からFSに3クワドを組み込む選手がぼちぼち出てきましたが、彼らを見ていて思うのは、やはり3クワドは足にくるなー、ということです。特に1つでも失敗があるととたんに響きます。これはスケーティングに定評のあるフェルナンデスやブレジナにとってもしかりです。

メンショフは、シーズン初めのインタビューで、
「他国の選手に比べ、スケーティングその他の面(所謂PCS)で自分が劣っているのはわかっている。だからこそ後半のクワドをはじめとするTES面で攻めていく」
というような事を言っていたのですが、今年のこの構成でまさにそれが現れている気がしました。

そして、まさにそれが予言のようになったのがこの大会だったかもしれません。SPも、FSも、メンショフは滑走順が日本の宇野の次でした。正直、私はこの滑走順を知って頭を抱えたんですが(笑)

この2人は非常に対照的なスケーターだと思います。まさに王道、というかすべてのエレメンツにおいて質が高く、トータルパッケージという感じの宇野と、良くも悪くも個性的なメンショフ。誤解を恐れずに言えば、宇野の後、というのは若干メンショフに不利に働いたかもしれません。それでも、メンショフがTESでガンガン行くことができていれば、台乗りは可能だったかもしれないのです。しかし、いかんせんジャンプは飛び道具であるとともに水物です。彼は今回その得意なTESで攻めきることができなかった。
その結果がこの総合5位、という成績です。

そしてEX。


FSの曲の一部を使っています。後半バテてきても、曲が後押しをしてくれる、と言っていたそうなので、よほど気に入っているのでしょう。高難度のジャンプは入っていませんが、体の動きによる表現、しっとりとしたベテランならではのものが出せていると思います。
彼の第2戦はGPS最終戦ともなるNHK杯。なんとかリベンジを果たして欲しいと思います。


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ID:39edbeそして「SEIMEI」へ・・・。獅子は龍の道を拓いた ―エルヴィス・ストイコ

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オータム・クラシックにエルヴィス・ストイコが見に来ていて、羽生さんの「SEIMEI」に賞賛を送っていた、と聞きました。
そうでしょうそうでしょう、と思ったのですが(笑)、彼は羽生さんの中に自らの後継者を見たのではのなかったでしょうか。
エルヴィスといえば、無敵のクワドジャンパー、のイメージが強いですが、私の中では彼のステップが忘れられません。パワーでグイグイ押していく、それでいて繊細な、音楽にものすごくハマった男らしいステップでした。

そして、なんといっても彼の功績はジャンプ等の技術ではなく、当時西洋音楽(それも特にクラシック)、西洋舞踏を根幹とする表現だったフィギュアスケートに、東洋テイストのものを持ち込んだ、ということです。そして、こういった東洋系のものは男子の一分野ともなっています。

カナダ育ちのエルヴィスが、どうしてこういった分野に目を向けたのか。以前(2007年)書いたものからあげてみました。

++++++++++++
 エルヴィスは、4歳のころからフィギュアを始めたんだそうですが、もうひとつ、幼いころから習っていたものがあります。それが、なんと、空手なんですね。
 
 エルヴィスのご両親は、両方とも東欧からの移民で(お父さんはスロベニアから、お母さんはハンガリー動乱を逃れてハンガリーから)。いわば、当時の冷戦の狭間で、大国間の政治に翻弄されて生きていらしたわけですね。そして、たどり着いたカナダで、家庭を持ち、何とか幸せをつかんだ。そして、生まれた子供に、お二人ともがファンだったという、エルヴィス・プレスリーの名をつけた。
  エルヴィス―。この名には、豊かなアメリカ(に代表される西側)へのお二人の憧れが、ひょっとしたら籠められているのかもしれません。。
 そして、お父さんは、自分の身は自分で守れるように、と物心ついたばかりの息子に、護身術を習わせた。その中で、エルヴィスが選び取ったのが、ブルース・リーに憧れたこともあって、空手だった、ということのようです。
 しかし、このご両親の半生を知ると、“自分の身は自分で守れるように”という願いに、ものすごく重いものを感じざるを得ません。'70年代当時のことです、今ほど子供が危険にさらされてたわけじゃない。そんな時代に、幼い子供に護身術って・・

 そして、エルヴィスはフィギュアスケートと空手、両立させながら、成長してゆきます。そんなエルヴィスがコーチのダグ・リーに出会ったのは13歳のときでした。当時のダグはすでに、世界チャンピオンであり五輪のメダリストでもある、B・オーサーを育てた名コーチ。エルヴィスは早速ダグに見込まれ、指導を受けるようになるわけなんですが・・・
  私が興味深いのが、そうなってもエルヴィスは空手を続けていた(ダグは続けることを許した)ということなんですね。もしこれが日本だったら、「無駄な筋肉がつくから止めろ」とか、「そんな暇があったらスケートの練習をしろ」とかいわれそうじゃないですか?
 空手のほかにも、エルヴィスは、ダートバイクで林道を走ったり、モトクロスをやったり、男っぽい趣味全開してゆきます。彼が、空手の黒帯を取ったのは16歳のときでした。
 もちろんフィギュアスケートにも熱中します。ジュニアのころから、彼のジャンプは高い評価を受けていましたが、
「ジャンプし、回転する機械」
などとも揶揄されていました。しかしダグは、
「これからの彼の経験が必ずや彼の芸術性を高めてゆくはずだ」
と述べています。
 そしてエルヴィスは順調に成長し、18歳('90年)4回転ジャンプを飛び、19歳('91年)に4-2のコンビネーションを完成させます。おそらく、このころの、エルヴィスのコメントが残っています。

<記事のURL紛失してしまってすみません>
***
 がっしりとした5フィート7インチの体躯、波打った黒い髪と東欧的な彫りの深い顔立ち、黒い眼・・ストイコは、スポーツに対して、ほとんどありえないような、不可解な見解を持っている。
「私(エルヴィス)は、スケートに、真のスポーツであってほしいのです。武術はスポーツであり、芸術との複合体です。私は、スケートにも同じことであってほしいのです。」
***
(「トロント・サン」より)
(1991年、エルヴィス19歳のときの発言。ちなみに彼が空手の黒帯を取ったのは16歳のとき) 

 この文章からすると、そうでもないかもしれませんが、この記者さん、エルヴィスのコメントにずいぶんと懐疑的です。ま、無理もないです。これを述べているのが19歳のガキです(ごめん、エルヴィス)
 わけのわからん理屈を持ち出して、若造が何言ってやがる、ぐらいにしか思っていなかったかもしれません。

 しかし、上に書いたことでもわかるとおり、エルヴィスにとって、空手(すなわち東洋武術)と、フィギュアスケートは、同じくらい近しいものでした。けして、付け焼刃や思いつきの発言ではなかったのです。おそらく彼は、ダグにも、これを口癖のようにいっていたことでしょう。
  そしてダグは、それをいかに実現させるかを考えていたに違いありません。下手をすれば、単なる際物で終わってしまう。そうさせることなく、エルヴィスのいうような、武術の持つ“美"そして“芸術性”を氷上で表現するにはどうすればよいのか。
 「技術のみのスケート」「マシーン」等と揶揄されていたエルヴィスが、こんなにも若いころから、“芸術とスポーツ、そして武術”について考えていた、ということは、ある意味、とても皮肉なことかもしれません。
 
いくら高い技術を持っていても、それだけでは上に上がれないのがフィギュアスケートです。採点競技である以上、ジャッジに技術点、芸術点共に高い点をつけてもらわなければトップには立てない。
 そして、当時はまだ、芸術といえば西洋のもの、ギリシア・ローマ以来の“美"、そして、バレエをはじめとする西洋舞踏の“美”が高く評価されていましたから、エルヴィスは悩んだ時期もあったろうと思います。

 自分の体格、体型。背が低く、骨太で、筋肉質で、頭が大きく手足が短い。太ったら、やせれば・・なんてもんじゃない。これは自分ではどうしようもないものばかりです。
 まして、おなじコーチに、B・オーサーが師事していて、すぐ身近にいた。手足が長く、顔が小さく・・スタイルは申し分なく、氷上で映えるオーサーが・・・

 しんどい時期を過ごしたんじゃなかろうか・・と思います。実際、「バレエは僕には向かない」というコメントも残しています。

 しかし、これが逆にエルヴィスに、自分を見つめる機会を与えてくれたのかもしれない。自分の技術が、自分の肉体が、自分の知識が、何をどう表現でき、また、できないのか。

 彼はとことん、それを見つめたんじゃないでしょうか。そして、行き着いたのが、幼い頃からやっている、空手だった。
武術を、いかにして西洋人も認める芸術へと昇華させるか。それが、次なる彼の課題となったわけです。
 
 エルヴィスの幸運は、そこにダグがいたことでした。ダグは、エルヴィスの考えを理解し、その実現の方法論をしっかりと叩き込んだ。
 単なる際物として終わらないよう、芯のしっかりとした芸術として成り立つよう、氷の上で、いかに滑るか、曲がるか、止まるかといった、まず、基本から、基礎から、がっちり教え込んだのではないかと思います。
 いかなる個性も、しっかりした基礎の上にこそ、花咲くものだということを、ダグは信念として持っていたのではないかと思います。
 本田武史がダグに師事するようになってから、見違えるように滑りが変わったのが、私には忘れられません。

そんな、エルヴィスとダグが、リレハンメルオリンピックに向けて完成させたのが、このプログラムでした。
「ドラゴンーブルース・リー・ストーリー」
エルヴィス自身が尊敬している、というブルース・リーと、自分の中に培ってきた空手の技とを複合させて、まさに“氷上の演武”という仕上がりになっていました。
 いまでこそ、エルヴィスといえば、ドラゴン、といわれるくらい、彼のトレードマークともなり、評価も高いプログラムですが、発表当時は、ジャッジから、ものすごい拒否反応を示されたのでした。
「武術は芸術ではない」「氷上でカンフーやってる」
それが理由でした。

しかし彼は周りの雑音も聞かず、リレハンメル五輪の出場権を勝ち取ります。
五輪での演技 3Aが抜けたのが残念。


翌日の「トロント・サン」にはこんな記事が載りました。

+++++++
<ジャッジによるストイコへの芸術点での冷遇―勝利に値する銀>

 ジャッジたちが、ブルース・リーよりもチャイコフスキーを好むので、ストイコは昨晩、金メダルの代わりに銀メダルを得た。
 ストイコの長年の天敵であった“芸術点”は、今度は彼のオリンピックフィギュアスケート男子シングルのタイトルを奪い、さらに悩みを深くするために戻ってきた。
 いつもどおり、ストイコはフリーで最高の技術点をたたき出したのだが、ジャッジたちの好みに合ったのは、古典的な演技をする若いロシア人スケーター、アレクセイ・ウルマノフであり、勝利を収めたのも彼であった。

 ストイコは武術と、彼の尊敬するブルース・リーをテーマにフリープログラムを構成した。そして、技術点は9人のジャッジのうち7人が5.9を、2人が5.8をつけた。しかし、芸術点は割れた。ロシアのジャッジの5.5から、5,7と5.8まで。
 
 世界クラスのスケーターであるとともに、ストイコは空手の黒帯でもある。彼の持論は、
「武術は、メンタルで、スピリチュアルな部分が身体的なもの以上です。それは、ひとつの芸術様式であり、スポーツです。その意味では、フィギュアスケートも同じです。この二つは、融合されうるのです」
 であったが、明らかに、ジャッジはそれを否定した。

 ショートプログラムでも、ストイコはウルマノフの芸術点に引けを取らない技術点をあげていたのに対し、カナダ人以外の8人のジャッジが評価したのはウルマノフの方だった。内心失望したストイコであったが、彼はかたくなに自身のパフォーマンスの芸術的側面を守り抜いた。
 そして、ジャッジたちがいかに新しいテーマ(たとえば武術などの)に関して閉鎖的であるかを大衆に示したのだ。

  ストイコのプログラムが、オリンピック会場の満員の観衆によって熱狂的に受け止められたのに対し、ウルマノフのパフォーマンスは、礼儀正しい拍手のみで終わった。
 ダグ・リー(ストイコのコーチ)は、この時が、ジャッジたちが、彼らが彼らが至上のものとする以外の芸術的なスタイルに目を向け始めたときだという。

 「向こうには、また違った味があるのです。」と、ダグは言い、悔しさをかみ殺した。
 「本が、いくつもの章から成り立っているように。私は武術の芸術的価値を見ることができます。そして、他の誰かはそれを見ることができないのだとしたら、不運なことです。」

 フランスの、フィリップ・キャンデロロも、彼自身の斬新なスタイル、演技プログラムのために不利にされているように思われた。かれは、映画「ゴッドファーザー」のテーマで滑ったのだが、銅メダルに終わった。

+++++++

 しかし、この記事の書かれた約一月後に、エルヴィスは幕張の世界選手権で、4-3のコンビネーションジャンプを試み、技術点で6点満点を出し優勝するのですが、その際、6.0をマークしたジャッジは芸術点では1人だけ一番低い、5.7をつけていました。

幕張ワールドでの演技(インタ付き)

 
 あれはいまだに
「お前の技術は申し分ない。しかし,我々はお前の演技が芸術であると認めることはできない」
 というジャッジのこだわりを持ったメッセージだったのでしょう。
 キス&クライ席で、それまで満面の笑みをたたえてエルヴィスと喜びを分かち合っていたダグの表情が、芸術点が出たとたん一瞬曇ったように見えたのは、たぶんこれを察したからだと思います。
"見えざる敵”の意志は、予想通り堅い、と改めて噛締めていたのかもしれません。

そして彼はくじけることなく、長野五輪では和太鼓をフィーチャーした鼓童の「ライオン」をプログラムに持ってきます。
長野五輪


そして、彼のラスト五輪となったソルトレイク五輪で演じられたのも、この「ライオン」と「ドラゴン」でした。

ソルトレイク五輪SP


ソルトレイク五輪FS


現役生活に別れを告げる五輪で、一番自分の思い入れのあるプログラムを演じていった彼。

そして、このような東洋テイストのプログラムはまるで彼の残した遺産でもあるかのように、多くの選手に演じられるようになってゆきます。
このシーズンにも中国のチェンジャン・リーが東洋武術をテーマにしたプロを演じていました。

チェンジャン・リー 2001年 ネイションズ・カップ(本当は五輪の方が印象的だったのですが残っていない・・)


そして、こういった東洋テイストの演技はジャッジよりもむしろ選手たちに受け入れられ、後にも多くのプログラムが作られます。

ペーター・リーベルス  (アジア音楽コレクション) 衣装の胸の「太極」の文字が有名になりました。確かNHK杯に来てたと思うのですがその動画が見つからない。
2008年 フィンランディア杯


ミハル・ブレジナ (鼓童) これはカメレンゴ先生の振り付け。2年継続しました。
2012年 世界選手権


山田耕新 (るろうに剣心) これの全日本バージョンがTVで放映されなかったのは本当に残念でした。彼は雑誌のインタで放送されなくて残念でしたね、と振られ
「剣心は明治になっていづこともなく姿を消してしまう。だから、僕のあのプログラムもそれでいいんですよ」というようなことを言っていましたが・・・
2013年 西日本選手権



羽生さんの「SEIMEI」がどのような評価を受けるのかとても楽しみですが、彼がこのプログラムに挑戦できた裏には、こういったフィギュアスケートの芸術面の幅を広げてくれていた先人たちがいた、ということをファンの方にも知って欲しく思います。
 


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メンショフ、優勝おめでとう、セリョージャ、3位おめでとう ―ろしあんずのフィンランディア杯


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フィンランディア杯公式FBより

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フィンランディア杯が終わりました。喜びとうーん・・・という気持ちがないまぜになって脱力している、というのが正直なところです。女子では本郷さんの優勝、リプニツカヤの復活、男子ではメンショフの優勝、がこの大会のトピックというところでしょうか。
女子については既に書いてくださっている方がたくさんいると思いますので、私としてはセリョージャとメンショフに焦点を当ててみたいと思います。

まずは、優勝したメンショフから。彼は毎年のようにネーベルホルンやフィンランディア、といったシーズン初めのCSに出場し、毎回のように台乗りはしているのですが、台の中央、というのは今までなかった(NRW杯、などでは有り)ので、これはシーズン初頭から縁起が良い!ネーベルホルンでも3位となり、CS連続表彰台です。

まずは2位発進となったSP.昨年の持ち越しプロです。


こちらプロトコル
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クワドコンボが4T-2Tとなり、(しかしあれだけ乱れた着氷にセカンドをつけるのはさすがです)4Sが転倒。しかし、後半3Aはしっかりと決め、ステップでレベル4(それも加点付き)を取りました。昨年このプログラムになってから、ステップはきっちりとレベル4をキープしています。けしてツルスケではなく、SSの評価がずば抜けて高いわけでもない彼ですが、ターンやステップをきっちりと行いっていることで、ルールに沿ったレベルが取れているのだと思います。これが新採点システムなのです。
また、4Sのリスクを考えた際、ステップで点数を上げることで少しでも上にいける、という目算あってのことでもあると思います。
そして、昨年と同じ衣装のこのプロですが、「何処か違う?」と思った方、いらっしゃいます?

実は彼、今年からSPでもFSでも手袋をしていないのです。

彼によると、恋人のマーシャ・アルテミエワが、
「何故あなたは綺麗な手をしているのに手袋で隠してしまうの?もったいないわ」
といったことからだそう。
いかにも女性的な視点からのアドヴァイスですね。
確かに、メンショフは指が細く長く、ごつさもなく、手タレでも出来るんじゃないかという綺麗な手をしているのですが、指先に視線を引きつけ、動きを大きく見せると言う狙いか今までずっと袖と色違いの手袋をしていました。


こちらFS


そしてプロトコル
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動画を通してでも彼の手指の長さ、美しさが分かるのですが。。
そして、プロトコルを見ますと地味にPCSも上がってきていて、鍵となる試合でジャンプが決まればワールドの大舞台も夢ではないのでは、と思えてきます。
ただやはり1プロクワド3本は成功するにしろしないにしろ、完璧に足に来ますね。特にメンショフはSSがあまり高くないこともあって、それが顕著に現れます。
ただしかし、このプロトコルを見てもわかるとおり、冒頭の4T-3Tと次の4SのGOEがなんと+2,00!4Sに至っては、+3を出したジャッジもいます。

いやー、この人にとって年齢とは一体何なのでしょうか・・・。昨シーズンに比べ、着氷後の流れなど、ジャンプの質も上がっているように思われます。
そしてまた、自分の独特な世界を醸し出すのに絶好な音楽の選択。
昨年散々苦しんだ2Tザヤ防止のための3rdループ(今回はシングルになってしまいましたが)の取得。
あと、心配なのはスタミナですね。



そして、セリョージャ。バトル振り付けのプロ、ということで彼の新しい世界が見えるのでは?と楽しみにしていた方も多いのではないかと思います。

まずはSP


クワドコンボの間にターンが入ったほかはほとんど完璧。ダイナミックさと激しさが同居し、尚且つそれが雑さに堕することなく、きっちりと演じられていました。ステップも魅力的で、私はとても好きです。何度見てもあっという間に終わってしまう感じ。
この演技で彼はトップに立ちます。

そしてFS.

最初のクワドこそなんとか降りたものの、ジャンプがことごとくボロボロで予定の位置にコンボがつけられず。ステップもレベル2しか取れず、得意のスピンも1つレベルを取りこぼしてしまいます。キスクラ映像を見てもわかるとおり、相当荒れていました。顔が真っ赤になっていたのは不甲斐ない自分に腹を立てていたのか、発熱があったのか(インタで病気の影響か?ときかれていたので)。
頭を抱え込み何度も何度も首を振りながら俯き、エテリコーチを一顧だにせず、衣装の裾をたくし上げ靴紐をほどいていました。そんなセリョージャをゆったりと見つめていたエテリコーチ。
セリョージャがこういった負の感情を強く表に出す、というのはあまり見ないので、驚いた方も多いのではないかと思いますが、私は逆にエテリコーチとの強い絆を感じました。この人の前でなら何もかもさらけ出して大丈夫、という信頼感がセリョージャにはあったのだと思います。
セリョージャは内省的な部分も持っていますが元々は激しい性格で、こういった瞬間湯沸かし器状態になっている時には何を言っても聞かない、とコーチも知っていたのでしょう。

しかし、これだけボロボロな中でも、ラストの2Aに3T-1Loを付け3連にし、コンボ券を使い切ったのはさすがです。これがなければ、彼は台に乗れていませんでした。

まさに、一流の意地とプライドだな、と思います。

そして、そういった中で表彰台上では写真のような笑顔。本当に強くなったのだなぁ、と思います。

プレカンでは
「FSは選手生活最低の演技。今自分がここにいるのはSPのおかげ。滞りなく準備をしてきたはずなのに、何もかもがむちゃくちゃになってしまった。
(病気のせいか、と聞かれて)自分はアスリートだから、氷上に出た以上はできる、ということ。それは関係ない」
と述べていたそうです。

そんな思いの中での表彰台・・。この笑顔の後ろにどんな思いが隠れていたのだろう、と思うと辛くなります。
バトルプロは指導者たちの間で賛否両論あったらしいので、そのショックをまだ引きずっているのかなぁ。なんかインタ等聞いてると精神的なものが結構ある気がして・・
早く吹っ切れてくれるといいのですが。
次の試合では、「やりきった」という心からの彼の笑顔がみたいです。


そして、このフィンランディア杯では、毎年ファンからミトンを募集し、それを入賞者達にプレゼントする、というのが習慣になっているのですが、その写真で〆たいと思います。(引率の先生感の漂うメンショフが私的にはツボですw)

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プロフィール

Dora Quadski

Author:Dora Quadski
確かにフィギュアはジャンプだけじゃないですが・・・でも、やっぱりジャンパー・タイプのスケーターが好きです。
最近応援しているのは、ロシアのセルゲイ・ヴォロノフと、2009年に国別で来日した際に惚れ込んだコンスタンチン・メンショフです。
日本では小塚崇彦君、町田樹君を絶賛応援中!
 
他に、 『スター・トレック』(特にTOS 、TNG)も大好きです。
中でも、P・スチュワート扮するピカード艦長の大ファンです。もちろん、P・スチュワート自身も!
ただ、性格的にはヴァルカンに憧れるクリンゴンって感じかな(笑)ウォーフとサレックに惚れてますw。

そうです、わたしはトレッキー&シャーロッキアンなのです(笑)

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